【著者に訊け】仙川環氏/『極卵』/小学館/1500円+税
〈──極卵! 江戸時代から甦った極上の卵、相州地鶏の自然卵。四個入り千円。安全、安心。値段以上の価値があります〉と書かれた自然食品店のPOPを見て、貴方はその卵を買うだろうか。それとも「やれやれ」と眉を顰(ひそ)めるだろうか…。むろん選択は人それぞれ。本書『極卵』の読まれ方、感じ方も、読み手によって大きく分かれるに違いない。著者・仙川環氏も言う。
「例えば最近の先端医療は、何が正しいかなんて次元を超えている。様々な事象を見極めた上で、結論はその人が出すしかないんですね。食の問題も全く同じで、自分の体に何を取り込むかは個人の問題。特に卵は食べる側の意識や無意識を炙り出す身近な食品なので、敢えて選んでみました」
本作はそんな超高級卵をめぐり、消費者や生産者、科学界やメディアをも巻き込んだ食中毒事件の顛末を描く。中毒者48名、内10名が亡くなる悲劇が照射するのは、己の身は己で守るしかないという現代の空気だ。不信と不安の連鎖はやがて攻撃性すら帯び、食わずして生きられない人間の日常を殺伐としたものに変える。
大学院では細胞学や生命科学を研究し、新聞記者を経て『感染』でデビュー。以来医療や科学技術の「今」に材を取った物語性溢れる作品群は幅広い支持を得る。
「今回の着想もきっかけは2007年の中国毒入り餃子事件。実はあの餃子は私も買っていて、それまでカップ麺やコンビニ弁当に頼っていた私が勉強会に通い、米まで自分で作り始めたのも、小説以前の“恐怖”からでした。
ただし食の安全も結局はバランスが大事で、普通が今は最も難しい。ここまで極卵を高級な卵にしたのも、食に関して意識の高い人ほど、逆に情報に押し流されて極端に走る危うさを感じたから。吉祥寺のカリスマ主婦〈野々市純子〉やその周辺の人々に手厳しいのも、私自身が過敏になった反省からで、自分のことだから容赦がないんです(笑い)」