「朝日の慰安婦問題や在特会のデモもそう。目的さえ正しければ何をしてもいいみたいな空気に私は物凄く違和感があって、特に事あれば正義の拳を振りかざす人たちの単純な善悪に走る感じが怖い。原発問題でも正解なんて簡単に出ないからこそ事実に基づくフラットな話し合いが必要なのに、今は誰も彼も『自分は正しい』の一点張りですから。
私は細部より、そうした歪んだ空気のリアリティを小説に描きたいと常々思っていて、考え方は人それぞれでいい、でも闘い方はフェアであってほしいと…」
その点、相州研の研究員〈江上〉や伸雄の養鶏仲間〈源蔵〉など、それぞれの持ち場で坦々と働く人々の言葉は、理性的で謙虚だ。
「結局農家でも消費者でも、地に足をつけて生きている人が一番強いと思うんです。私も米を作り始めてからは、食品も自分も同じ生き物だと思うようになり、今は安全面より、生き物同士の関係や循環を実感したくて農業を続けています。例えばある農家の方は『食べ物は単に安全でおいしければいいってもんじゃない』と言うのですが、その真の意味を私も理解したいのです」
食をめぐる様々な意見や風景を丹念に拾った本書は同時にミステリーでもある。ラストで明かされる衝撃の事実に舌を巻いた次の瞬間、私たちは今日から何を食うべきか、答えを探し始めるはずだ。その答えは桐子と純子で違うように百人百様が正解なのだろうが、毒卵より何より、理性を失った人間のありようこそがこの世で最も怖く映るのだった。
【著者プロフィール】仙川環(せんかわ・たまき):1968年東京生まれ。早稲田大学教育学部理学科卒、大阪大学大学院医学系研究科修士課程修了。大手新聞社在籍中の2002年、『感染』で小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。「シンクタンクに出向していた時、割と時間があってカルチャーセンターの小説教室に通ったのが小説を書くきっかけ。中国語を習おうとしたら学費が高く、だったらミステリー好きな友達でもできた方が楽しいかなって」。著書は『再発』『潜伏』等。155cm、A型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2014年10月31日号