「まあ大体想像はつくよね。僕は実際彼女を知ってたし、〈そんなことで死ぬ女じゃなかった〉と自分で思う。ただ想像や伝聞の類は怖くてよう書かんから、女のコに売上台帳や通帳も全部見せてもろうて、自分の見た事実しかここには書いてない。幸か不幸か僕は銀座の女たちにとっては無害な相談係みたいなもんで、自分が見聞きしたことを書く態度が大事やと思うてます」
星村も礼子の人的・経済的環境や、彼が話を聞いた直後に殺された〈由美〉の死の真相に、警視庁捜査一課の〈四角〉に敵視されるほど肉薄しながら、肝心の自殺動機には立ち入ろうとしない。外堀を埋め、犯人逮捕には協力しても、〈人にはふれられないものがある〉と自戒する、ハードボイルドな態度を貫くのだ。
「そう、そこなんです、僕がこの表題にこめた核心は! 最近は小説でも映画でも全てを説明しすぎるし、自殺する人の心境なんて他人の誰にわかるかいな。彼女は娘のためにも生きるべきだったと感想を言う編集者もいたけど、人間そんなに簡単やったら犯罪も戦争も起きてません(笑い)。
僕も昔、死ぬか逃げるかしかない状況に追い込まれた人間やからねえ。確かに今は総てを説明した方が読者は安心して本も売れるかもしれん。でも僕も人生残り少ないことやし、今後は書かないハードボイルドを、貧乏覚悟でトコトン書いてやろう思うてます(笑い)」
階下の焼きとん屋で今日も呼び込みに励む〈元気なオッパイ〉の持ち主〈アヤ〉やガールズバーの無邪気な店員など、新橋の活気と生命力によって銀座の光と影は一際鮮明に照射され、2つの町を行き来してこそ、星村は名探偵たり得た。ことハードボイルド小説では「遊び心と真摯さのバランス」が鍵を握るが、全てを知りつつ語らない優しさこそ、実はハードボイルドの書き手の本領なのかもしれない。
【著者プロフィール】浜田文人(はまだ・ふみひと):1949年神戸生まれ。関西大学法学部卒。プロ麻雀士、フリー事件記者等を経て、2000年『公安捜査』で小説デビュー。2014年の『国姿』に至る同シリーズの他、『捌き屋』シリーズや『CIRO―内閣情報調査室』シリーズ、『とっぱくれ』『若頭補佐白岩光義 東へ、西へ』『崖っぷち―チーム・ニッポンの初陣』等著書多数。浜田文太名義で原作を手がけたコミック『パチプロ浪花梁山泊』(1996年)は映画化もされるなど大ヒット。175cm、61kg、A型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2015年6月26日号