国の公的支援は長年の試行錯誤を経て、拡充しつつある。住居は公共住宅を優先的に斡旋され実質無償、国公立大学の学費は全額免除、職業訓練を受け、資格や免許を取得すると奨励金がもらえるなど様々な優遇政策がある。
身寄りのない65歳以上の脱北者に対する「基礎生活受給」も9月より49万ウォン(4万9000円)から52万ウォン(5万2000円)に増額された。対する韓国人の老齢年金は月額20万ウォン(2万円)。不況で大学生の就職率が3割に過ぎない現在、脱北者の優遇政策への反感が増幅しているようだ。30代の韓国人男性は私にこう言う。
「韓国で生まれ育った私たちにとっても就職や生活は厳しい。ソウルで一人暮らしのアパートを確保するのは重い負担。住宅、学費無償はたいへんな特別待遇だ。それなのに、報道で見る脱北者は不平不満をこぼし犯罪行為に走る者も多い。彼らにシンパシーは感じられない」
今夏のように南北の国家間の緊張が高まるとネットを中心に「脱北者は送り返せ」とさらなるバッシングが起こる。経済不況で社会が閉塞感に苛まれる中、“新参者”への風当たりがさらに強くなるのだ。
韓国社会で暮らす脱北者は現在、2万8000人。二級国民扱いに嫌気が差し、あるいはブローカーに唆されて「脱南」し、北米や欧州など第三国に渡る者も少なくない。その多くが難民に偽装しており、近年摘発され韓国に送還された者は数千人にのぼる。
「わずか3万人足らずの脱北者を抱擁できずに、2500万人の北朝鮮とどう統一するというのか」
先のエリート脱北者の呟きが脳裏を去らない。
※SAPIO2015年11月号