〈隆ちゃん お父さんが重病で入院。至急連絡して下さい。真佐子〉
これがドラマの幕開けである。以下、順を追って並べてみる──。
〈隆 父心配のあまり重病。何も聞かぬ無事だけ知らせ。真佐子〉
〈隆 父吐血して高松の中央病院10階へ入院。母だけで待つ。真佐子〉
〈隆 無事の便り家族皆うれし泣きした。近所の人達は誰れも知らぬ。過去と今後の進路は一切問わぬ。重病の父に一目だけでも会って欲しい。真佐子〉
〈隆 過去心配するな。意志尊重。心配している両親を思うて連絡せよ。両親〉
〈隆 二年近く母は日夜心配して泣いて倒れそうだ。連絡あれば母は必ず元気になる。両親〉
〈隆 父キトクすぐ帰れ。高松中央病院入院中。真佐子〉
〈隆 父死亡した。すぐ帰れ。真佐子〉
息苦しくなるようなドラマ展開である。赤瀬川氏も最後の広告を見て思わずホッと息をついたといい、『芸術新潮』の原稿を次のように結んでいる。
〈以後、隆への三行広告は出ていない。隆とその母親であろう真佐子との関係線は、新聞紙の片隅を離れて、一億人の渦の中へ潜っていった。もはや私たちには何もわからない〉
この三行広告が感動的なのは、人を感動させる「文芸」になっているからである。文芸とは、作者がいるだけでは成立しない。それを正しく理解できる読者がいなければ成り立たない。では、作者と読者だけで文芸は成り立つのか。ノーである。作者と読者をつなぐ批評行為があって、初めて文芸というものは成立する。この尋ね人の三行広告の例でいうなら、それを丹念にコレクションした赤瀬川氏がこれにあたる。
※週刊ポスト2015年11月13日号