「1980年の12月8日に戻ってダコタハウスの前で待ち伏せしたいビートルズファンは世界中にいるし、一切ifを拒む歴史に働きかける創作物も多い。でも実際は歴史に関与できずに終わる人がほとんどで、あの時あっちを選んでいればと、個人レベルでも思っちゃうから、タイムスリップものには常に需要も供給もあり続けるんだと思う」
動機には音楽上の諍いやあるアイドルの取り合いも噂され、トリコは何としても夢二が恋を殺す1991年10月27日までに彼らと接触したい。が、身分一つ証明できない彼女はバブルのさなか、それでも雇ってくれたスーパーで働き、怪しげな中国人から偽造パスポートを買ったりもした。
その間、憧れの音楽誌に投稿記事が掲載され、世界的人気バンドの〈口パク〉を見破って売れっ子ライターとなったトリコは、晴れて恋と夢二と会う日を迎えるのである。
30年後の音楽シーンにも通じる〈サブカルクソ女〉にとって彼らの楽曲が誰の何をサンプリングしたかは半ば常識だったが、本来は取材嫌いな恋と夢二が自分にだけは心を開き、レコーディングでは意見すら求めた。彼女にすればそれだけで幸福の絶頂だが、さらに二回りも若い2人から求愛までされるのだから、つくづくファン心理は侮れない。
「……ホント、ご都合主義も甚だしいですよね(笑い)。ただ、音楽性がどうのと言っても結局は欲望の対象なんですよ。そうでなきゃ木村カエラが出産した途端、売り上げが落ちるはずがないし、“ましゃロス”や“プロ彼女”もそう。欲しいのは自分との関係なんです」