有馬記念は、2010年にヴィクトワールピサが3歳で勝っています。その年の春の皐月賞を完勝した時点で、有馬記念にも合うと確信しました。ダービーは3着でしたが、菊花賞には行かず、10月に凱旋門賞に出したのも良かった(7着、武豊騎乗)。レベルの高いレースで揉まれ、器用さにタフさが加わりました。
帰国後のJCでは、3着に健闘したものの、ブエナビスタには子供扱い(降着で2着、ヴィクトワールピサは3着)されましたが、手応えはありました。
そしてM.デムーロの手綱で臨んだ有馬記念。スミヨン騎乗のブエナビスタの強烈な末脚をしのいでのハナ差の勝利でした。すでにGI5勝を挙げていたブエナビスタは圧倒的1番人気(単勝1.7倍)。2頭がハナ面を合わせたところがゴール! これにはシビれました。彼にしてみれば「東京~パリ~東京と勝ちきれなかったが今回は得意の中山。負ける気がしないよ」と思っていたかもしれません。
有馬のハナ差勝ちに大いに自信を持ったのか、翌年、同じ鞍上でドバイWCに参戦。東日本大震災直後のレースで見事に勝ち切りました。
ウオッカが去り、厩舎の核となる馬がいなくなったところで、その役割をヴィクトワールピサがしっかりと引き継いでくれた。その感激は今でも鮮明に覚えています。
※週刊ポスト2016年1月1・8日号