【著者に訊け】逢坂剛氏/『墓標なき街』/集英社/1800円+税
残虐非道な殺人鬼・百舌こと、〈新谷和彦〉は死んだ。主人公〈倉木〉や、〈津城〉も死んだ。シリーズ第4作では『よみがえる百舌』すら死んだ今、標的の首筋を〈千枚通し〉で一突きにし、現場に〈黒褐色の地に黄褐色の筋のはいった〉羽根を残す手口だけで、〈百舌復活〉を確信させてしまうところが、逢坂剛作・百舌シリーズの凄さであろう。
倉木亡き後の〈大杉〉や〈美希〉の物語を切望する声は今も絶えず、昨年公開の映画『劇場版MOZU』も大ヒットを記録する中、本書『墓標なき街』は書かれた。序章となる公安小説『裏切りの日日』から34年、百舌が初登場する『百舌の叫ぶ夜』から約30年が経ち、前作『ノスリの巣』からは13年ぶりの、最新作刊行である。
生き残った大杉や美希、東都ヘラルド記者〈残間〉らが追うのは、ある人物のタレこみに端を発した鉄鋼商社の〈不正武器輸出〉と、なおも出没する百舌の影。百舌も黒幕も、誰かが死ねば次の誰かが現われ、悪は決して、絶えることがない。
ドラマ及び劇場版では、孤高の公安警部・倉木尚武を西島秀俊、後に探偵となる元捜査一課刑事・大杉良太を香川照之が好演。真木よう子の旧姓・明星美希役や池松壮亮のダブル新谷役も、広く話題を呼んだ。
「私は脚本や配役にも一切口は出さないし、映画人が活字をいかに料理するかに、むしろ興味があるんです。特に百舌は昔から映像化は難しいと言われてきたし、手離れした子供が思いがけず出世したような感覚もある。昔、横溝作品に映画で火がつき、70代で再び脚光を浴びたことがあるけど、私ももう当時の横溝さんと同年代だもんなあ……」
初著書『裏切りの日日』の刊行当時、公安はおろか警察の暗部自体、描かれることは少なかったという。
「要は人のやらないことをやりたがるのが作家でね。ただし私はそれを資料と想像力だけで書いてきたし、書斎から一歩も出なくても書けるのが作家。小説上のリアリティと現実的であることは、全く別物ですから」
例えば残間からの依頼で疑惑をタレこんだ匿名人物を尾行中、美大講師の傍ら大杉の助手を務める〈村瀬〉と、警視庁生活経済特捜部に勤務する大杉の娘〈東坊めぐみ〉が、それぞれ客を装って入る五反田の洋食店〈グランエフェ〉。
密告者が鉄鋼メーカー〈三京鋼材〉の〈石島〉だと突き止めた大杉たちは、同社を内偵中の娘とその相棒〈車田〉とつかず離れずで監視を続けていたが、注目はモデルの洋食店に出口が2つあり、どちらの路地にも出られる構造に、氏が着目した点だ。
「五反田に実際ある洋食店であの構造を見た時に、これは尾行対象がどちらに出るかわからないし、ヘタするとまかれるぞ、ってね。他にも実名で書いた銀座のとんかつ屋・不二は本当に安くてうまいし、本筋とは関係ない会話とか遊びが、実は結構、大事なんです」
読者からすれば、あれほど父親に反発していためぐみが警官になり、洋食屋で隣り合わせた村瀬に〈おいしいですね〉とさりげなく言える女性に育ったことが、身内のように嬉しい。また探偵業が板についた大杉と、夫・倉木の死後公安に戻った美希も、互いの家を行き来する仲ではあるらしい。
ある日、大杉と別れて帰宅した美希は何者かに襲われる。首筋を刃物がかすめた瞬間、たまたま後を追った大杉に助けられたが、現場に残された羽根にゾクリとさせられるのは、何も彼らばかりではない……。