◆百舌も黒幕側も代替可能な装置
さて読者にはおなじみの百舌事件も、作中では現場の警官すら知らないトップシークレットらしく、上層部がひた隠す不都合な事件に関して、残間が元上司で、右派系雑誌編集長〈田丸〉から原稿を依頼されたことが事の発端だった。しかも田丸は、美人刑事が警察庁キャリアを誑かし、押収品を横流しした〈洲走かりほ事件〉の証拠となるテープを渡すと約束したまま、遺体で発見されたのだ。
田丸は洲走事件で死んだ民政党前幹事長〈馬渡久平〉のブレーンで、今回の一件にも〈警察省〉創設を目論む現幹事長〈三重島茂〉らの内紛が絡むと思われた。やがて五反田で石島と会っていた男までが同じ手口で殺害され、府中郊外の瀟洒な〈別邸〉、車椅子に乗った謎の人物〈黒頭巾〉等々、物語は後半、一気に動く。
「要は百舌も黒幕側も代替可能な装置なんです。だから最後まで読んでも謎や伏線が回収されない。でも実際そうでしょ。犯人やトリックは解明できても悪が滅ぶことはなく、その象徴が何度も甦る百舌なんです。30年経って、私もようやく気づいたんだけど(笑い)」
その30年で作中に描かれてきた権力の腐敗や右傾化は、今や現実と化した。
「見るべきものを見れば30年前も今も大して変わらないし、むしろ私の拘りは悪徳警官物と人間消失トリックを合体させたり、時制のズレで読者を幻惑したりする小説手法にあるんです。
今回も武器輸出を〈防衛装備〉の〈移転〉と言い換え、あの手この手で三原則を骨抜きにする政府の動きを書いていたら、例の法案が通っちゃったんだけど、私はどこか乱歩風の黒頭巾の不気味さだとか、造形認識能力がやけに高い村瀬の活躍を純粋に楽しんでくれればそれで嬉しい。これはあくまで、小説ですから」
とはいえ、本作でも回収不能な悪の残像がさらなる続編を求めさせるのも事実。この世に闇が蠢き続ける限り、百舌の物語は幸か不幸か、古びることはない。
【著者プロフィール】逢坂剛(おうさか・ごう):1943年東京生まれ。中央大学法学部卒。博報堂在籍中の1980年、『暗殺者グラナダに死す』でオール讀物推理小説新人賞。翌年初著書『裏切りの日日』を発表し、『百舌の叫ぶ夜』『幻の翼』『砕かれた鍵』『よみがえる百舌』『ノスリの巣』本書と、シリーズは累計240万部を突破。1986年の『カディスの赤い星』で直木賞・日本推理作家協会賞・日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。2013年日本ミステリー文学大賞、2015年『平蔵狩り』で吉川英治文学賞。170cm、76kg、A型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2016年1月15・22日号