◆勝手な思いが誰かを支えたりもする

 自分の不調が兄に無理を強いたと自責する春馬に〈俺は、お前のためになんか走ってない〉と釘を刺した早馬が実は何を怖れ、〈お前はもう陸上部にはいらない〉と彼を突き放した助川が何を望んでいたか、額賀氏は人々の間で交錯する思いの行方にこそ目を凝らす。

「友達でも家族でも勘違いや行き違いはあって当然で、みんなが同じ歩幅で歩くのだけが正しいのではなく、誰かが遅れたら『遅い!』と率直に言える関係が私は一番いいように思う。独立した1人と1人がいろんなことを思ったり言ったりしながら、何となく繋がっていればいいと思うんです」

 本書は冒頭、早馬が日本農業大4年、助川が英和学院大4年、春馬が藤澤大3年の箱根駅伝から始まり、彼らの高校時代とレースとが交互に進む。また、周囲の〈可哀相〉という言葉に苦しんだ少女時代の都が、彼女が作った青梗菜の炒め物を〈めちゃくちゃ不味かった〉と助川が言ってくれたことで逆に救われることなど、生活感溢れるレシピの数々が、誰もが格好良くなど生きられない青春に伴走するのも見物だ。

 それにしても都と早馬や都と助川にしろ、額賀作品ではなぜ男女の友情が恋愛には発展しないのだろう?

「早馬や都が〈事実を事実として受け入れる心の準備〉にかけた時間とか、悩みや欠落を抱えた男女が恋愛の力を借りずに壁を乗り越える話を、私は書きたかった。裏を返せば恋愛には好きなら何でもOKにさせちゃう力があると思うし、特に10代の恋愛は突破力がハンパじゃない。その無敵さを痛感するからこそ、小説に書きにくいんです」

 控えや裏方に至る全員で思いを繋ぐ駅伝に関しても、額賀氏は安易なおためごかしや絆といった流行言葉を悉く疑い、ただ己のために走り、闘う美しさを、その連なりに見出すかのよう。

「私は自分のために小説を書いているし、誰々のためみたいなことを最初に言う人が今イチ信用できないんですよ(笑い)。仮に人のために何かしても、そうしたかったのは自分だし、誰かの勝手な思いが巡り巡って誰かを支えたりするから、駅伝だって面白いんです」

 それこそ〈美味いものは美味い〉し、不味いものは不味い。その揺るがなさが時として誰かを支える場合もあり、屹立した点と点が線や、面へと広がる奇蹟を、彼女はこの駅伝小説に描く。そこには成長や感動の形も誰かの受け売りではなく、自らの手でつかみとろうとする、新世代の意思のようなものが感じられるのだ。

【著者プロフィール】(ぬかが・みお):1990年茨城県生まれ。10歳で小説を書き始め、中学は吹奏楽部、高校は文芸部。「中学からの内進生が9割いる私立に高校から入ったので、天邪鬼な観察者目線が作品に出ている気もします(笑い)」。日本大学芸術学部文芸学科卒。広告代理店勤務の傍ら執筆を続け、昨年『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞、その3週間後に『屋上のウインドノーツ』で第22回松本清張賞を受賞し、異例の2冊同時デビューを果たす。167cm、O型。

(構成/橋本紀子)

※週刊ポスト2016年2月5日号

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