この5月20日、台湾では蔡英文・民主進歩党(民進党)主席の総統就任式が行われる。中国の習近平国家主席は独立志向が強い民進党政権の誕生を前に、経済、外交面で台湾側を牽制している。ジャーナリストの相馬勝氏が、中国側による牽制の影響を現地からレポートする。
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台北市中心部にある中正紀念堂は数百人もの観光客が押しかけていた。が、蒋介石総統を祀る聖地だけに、堂内で大声で話す者はいない。多くの人々が巨大な蒋介石の銅像を見上げ、畏怖にも似た表情すら浮かべていた。
まるで蝋人形のように表情を変えず、指先すらも動かさなかった儀仗兵が突然、スイッチが入ったロボットのように動き出し、次の儀仗兵と交代する衛兵交代式も、午前10時から1時間ごとに整然と行われていた。これが堂内の日常なのだが、2年前の2014年5月の様子とは全く違っていた。
以前は、中国人の団体観光客が堂内にあふれかえっていたが、今回は一組もいなかったのである。8割は日本人のツアー客で、他の2割は欧米系観光客だった。
「まさか、台北市内から中国人観光客が消えたのでは…」と思ったが、台北の松山空港で、浙江省からの団体客と会ったことを思い出した。
とはいえ、念のために中正紀念堂と同じく、衛兵の交代式で人気がある忠烈祠にも行ってみた。紀念堂から車で30分の距離だが、やはり目立つのは日本人の団体客で、気を付けて見ていたが、中国人の姿はなかった。故宮博物院や台湾一高い台北101展望台にも足を延ばしたが、やはり、ついぞ中国人観光客を見かけることはなかった。
地元のジャーナリストは「総統選や立法院選挙で民進党が勝ったことから、大陸の旅行業者が台湾渡航手続きを自粛しているとの情報がある」と苦笑いした。
民進党はもともと台湾独立志向が強く党綱領にも独立の条項が入っている。そのため、中国共産党政権は民進党の動きを警戒。習近平国家主席は「いかなる台湾独立の分裂行為も阻止し国家主権と領土を守る」と強調している。
すでに3月から、中国人観光客の団体ツアーの入台許可申請数が1日当たりで1万1000件と昨年同期の1万8000件に比べて約40%も減少。台湾を訪れた外国人観光客は昨年、1000万人を突破したが、そのうちの4割以上の420万人が大陸からの中国人観光客だけに、この調子で中国人の団体ツアー客が減ると、年間を通して約170万人もの激減となる。
「とはいえ、観光バスやホテル業界、土産品店などは香港経由で、大陸の業者が台湾に進出したりするなど、中国資本の影響を強く受けており、台湾経済への実害は少ない。それだけに、今回の観光客の減少は民進党への最初の警告だろう」と民進党系シンクタンクの研究員は分析する。