台湾の対中国大陸交流窓口機関「海峡交流基金会」の会長も務めたことがある江丙坤・中国信託金融ホールディング最高顧問(東京スター銀行会長)は「中国側は蔡英文氏や民進党指導部に対して、『一つの中国』やいわゆる『92年合意』を認めるよう求めており、そうならない場合、今後は観光業同様、台湾経済にも影響を与えることを示唆しているのではないか」と指摘する。
92年合意とは、中国と台湾の海峡交流基金会が1992年、「一つの中国」の原則を口頭で確認したとされる合意だが、明確な文書は存在しない。台湾の中国国民党は「中国」が「中華民国」と「中華人民共和国」のいずれを指すのかは各自が述べ合うと解釈している。つまり、時期は明言していないが、いずれ中台が統一することを前提に中台関係をとらえている。
江氏は「中台関係を高速道路に例えると、土台が『一つの中国』、杭の部分が『92年合意』、その上の道路が『中台交流』だ。中国側からすれば、一つの中国の原則と92年合意なしには、中台交流は成立しない」と解説する。
これを裏付けるように、習近平は3月初旬、全国人民代表大会(全人代=国会に相当)の上海代表団の分科会で、対台湾政策は「台湾の政局が変化しても変わらない」と明言。「92年合意が両岸(中台)関係の平和発展のカギだ」と改めて受け入れを要求した。
それは蔡英文も十分承知の上だ。蔡英文は民進党の陳水扁政権で2000年から2004年まで、行政院大陸委員会主任委員(大臣級)として、中台問題を担当してきた実績があり、中国側の手の内などは知り過ぎるほど知っている。
●そうま・まさる/1956年生まれ。東京外国語大学中国語学科卒業。産経新聞外信部記者、香港支局長、米ハーバード大学でニーマン特別ジャーナリズム研究員等を経て、2010年に退社し、フリーに。『中国共産党に消された人々』、「茅沢勤」のペンネームで『習近平の正体』(いずれも小学館)など著書多数。近著に『習近平の「反日」作戦』(小学館)。
※SAPIO2016年6月号