【7】『日本改造法案大綱』(1923年。中公文庫)
思想家北一輝による、国家改造のための憲法草案。虚心に読むと、地主の所有権の制限、財閥の解体、華族制の廃止など、戦後の新憲法と戦後改革のプランを先駆的に訴えていたことがわかる。改憲のため天皇大権による現憲法停止を唱えていたため「右翼」とされるが、その主張は合理的な市民的自由主義だ。彼の思想を日本の知的伝統の中に正当に位置づけるべきだ。
【8】『血盟団事件』(事件は1932年。作品は2013年。文春文庫)
昭和7年(1932年)、井上日召(日蓮宗僧侶)率いる「血盟団」の若者が、政財界の要人を標的とする連続テロ事件を起こした。本書は、若手思想家中島岳志がその真相に迫ったノンフィクション。法華主義を奉じる純真で正義感溢れる若者が、社会の矛盾や不公正を自らの身を捨てて解決しようと考え、直接行動に移るまでの内面の経過が詳細に再構成されている。世界は再びテロの時代に入りつつあり、本書を読むなら、歴史と世界の今を理解することができる。
【9】『戦後入門』(2015年。ちくま新書)
文芸批評家加藤典洋が日本の戦後を総括した記念碑的業績。先の大戦を挟む時期の国際社会の動向を分析し、各国が自国の国益をかけた戦争が、事後的に「自由で民主的な連合国と凶悪な全体主義との戦い」という図式に差し替えられたと指摘する。その上で、憲法9条を改正して自衛隊を国連待機軍とし、米軍基地を撤去し、対等な対米関係を築こうという「左折の改憲」(左の立場からの改憲)を提案。対米関係のみならず、中国、アジア、世界との関係を考える上で必読の文献である。
【10】『「空気」の研究』(1977年。文春文庫)
思想家山本七平による日本社会論の名著。日本の組織を支配するのは、言葉にならない暗黙のルール、すなわち「空気」である。政府も企業も学校も、「空気」の引力圏にある。それが、旧軍の数々の愚かな意思決定を考察し、導いた苦い結論だ。日本人が国際社会でまともに行動できるか、その試金石がここにある。
●はしづめ・だいさぶろう:1948年生まれ。社会学者。東京工業大学名誉教授。近著に『戦争の社会学 はじめての軍事・戦争入門』(光文社新書)、『クルアーンを読む』(太田出版、中田考氏との共著)など。
※SAPIO2016年9月号