ステージを右に左にステップを踏みながら駆け巡り、顔なじみのファンに目くばせをしたり、大きく頷いてみたりする神野。その様子は演歌歌手とは思えないほど軽やかで、ひじょうにチャーミングだ。
バックバンドは「神野組」と呼ばれる少数精鋭ともいうべきミュージシャンたち。奏でるサウンドは演歌のコンサートのオーケストラとは一線を画す、ポップスのそれに近いものなのである。
そこにも新鮮な驚きがあったのだが、中盤、神野が袖に下がり、少し間をおいて、胸がVに大きく開いたノースリーブの黒色のトップスに、脚のラインがくっきり出る黒色のパンツに着替えて出てきたときはまた息を呑んだ。
同時に「神野組」のメンバーがステージからハケて、代わりにやってきたのは演歌のコンサートにはおよそ似つかわしくない3人のミュージシャンたちだった。
一人は著名なピアニストであり作曲家で、幅広いジャンルのアーティストとのコラボでもおなじみの小原孝氏。近年、神野とは交流があるそうだ。そして、バイオリンのソリストとして東京フィルハーモニーなどのソロコンサートマスターとして活動する一方、いきものがかりや岩崎宏美、由紀さおりらのツアーサポートもしている真部裕氏。ちなみに神野は少女時代、岩崎宏美に憧れていたと聞く。そしてもう一人、ボイスパーカッショニストの北村嘉一郎氏が洋装の神野を囲んだのである。
一人一人をリスペクトし、熱き想いとエピソードを交えて紹介する中、もっとも驚いたのは、ボイパの北村氏との出会いだった。「私が出ていたNHKのラジオを聴いてくださってたんですよね」と神野が言うと、北村氏も「たまたまカーラジオで聴いていて…」と嬉しそうに話を重ねてきた。
そのラジオ番組とはタレントの山田まりやがパーソナリティーをつとめる『午後のまりやーじゅ』(NHKラジオ第1、今年3月終了)で、神野は同番組で、音楽に対する新たな取り組みや想いなどを話していたのだという。
その想いや歌声に感動した北村氏が神野の事務所のアドレスにメールをしてきたことから付き合いが始まったそうだ。
実は、14年の夏、単身NYに渡ったときも、Facebookを通じて大江千里と出会い、音楽の可能性をさらに広げるきっかけをつかむことになったと聞く。
大江千里といえば、現在ニューアルバム『宇宙図書館』のPRに忙しい松任谷由実との交流があまりにも有名で、80年代初頭には「男ユーミン」と呼ばれていたこともある日本を代表するポップスターの一人である。
そんな大江と演歌の神野が意気投合したというのはにわかに信じがたいが、彼女がNYに渡ったきっかけは、8年程前から感じていた演歌の「先細り感」と「閉塞感」だったという。
悶々とした日々を送りながらも「動きようがなかった」神野が一大決心して渡米したときに出会った大江千里のアドバイスで、神野はクラシックのレッスンを受ける。
その成果として、今回のコンサートでは、件の3人のミュージシャンと共に『トルコ行進曲』をスキャットで熱唱した。これがまた実に素晴らしかったのである。私はこんなに正確な音程で、しかもパンチのある『トルコ行進曲』を初めて聴いた。
昨今、コンサートでも“口パク”のアーティストが少なくないが、神野は全曲、とてつもない声量と確かな音程、そして歌詞の一言一句すべてが聴きとれる見事な滑舌で歌いあげるのだ。
ジャンルによって、“こぶし”をふんだんに利かせたり、全く利かせなかったり、神野節というよりは、その都度、違う人格になって歌い分けていた…というのが正しいだろう。