「ごめん。男ができたから離婚してください」
あの夜、私がSくんにそう言ったのは、なりふりかまっていられなくなったからです。
「…えっ」
Sくんは私の顔を見て、しばらく口を開いていました。
「ウソ、だよな? 男って、冗談だろ?」
まったく予想もしていないようでした。
今思えば、あの時、地獄の扉が静かに開いたのですが、その時の私はただ、楽になりたい、その一心でした。
◆「相手の男は若いのか」と夫は言った
「今夜は何時?」
告白した日から、夕方になるとメールが入り、職場からSくんの待つファミレスに直行。それから明け方近くまで、5時間、6時間と話し合いは続きました。
「相手の男は、若いのか?」
下の子を身ごもってから、数えるほどしか、ベッドを共にしていないということは、若い男と性欲を満たしていたのか。Sくんはそう言いたいようでした。
「ううん。ずい分上」と答えると、次は、「金持ちなのか?」。
飲食店を経営しているOさんは、過去の清算もあって、決してお金にゆとりがある人ではありません。それを言うと、
「どんな男か心配だから、会わせてくれ」 「子供たちのこともあるし、会って話をしたい。携帯番号は?」
どうしても、私をそそのかした男が悪いと思いたいようでした。もちろん私はふたりを会わせる気はありません。
そして、いく晩目かの話し合いの時に出てきたのが、「おれの生活はどうなるんだ」でした。
「これまでの生活を保障してくれるなら別れてもいいよ」
「じゃ、その男とおれと、子供たちとみんなで暮らせばいいじゃないか」
私は「Sくんの仕事が見つかるまで待つけど離婚はする」と繰り返すしかありません。結局、親権は私が持ち、実際に養育も私。慰謝料はなしという形で離婚が決まりました。そして、離婚が成立した1か月後。Sくんはこの世から消えてしまいました。
「いつもありがとう。これからも頑張ってね」と、遺書というにはあまりにも軽いメールを残して。
(続く)
※女性セブン2016年11月17日号