この国で安楽死といえば、皆、ある映画を想起する。国内で大ヒットし、アカデミー賞外国映画賞を始め、世界で絶賛された『海を飛ぶ夢』(2004年)。
個性派俳優ハビエル・バルデム演じる主人公ラモン・サンペドロは、若き頃船乗りとして世界中を回った。ユーモアに長け、その笑顔と鍛え上げられた体は多くの女性を魅了した。25歳の夏、地元の海岸から海に飛び込み、頸椎を折り全身不随の身に。漫然と日々を過ごすなか病身の彼に恋慕を抱いた、ある女性が彼の自殺幇助に協力するのだ。
主人公とその家族の物語は、ほぼ現実に近い。実は、この話は、主人公のサンペドロがベッドで、口でペンをくわえて書き続けた自叙伝『地獄からの手紙』がもととなっている。1996年に出版され、2年後の1998年、彼は29年間に及ぶ闘病生活に終止符を打った。
サンペドロの死を「幇助したのは私よ」と、告白している元被疑者のもとに、私はいた。昼食を取らずにシェフの手伝いに追われていたラモナが、ビールとイカフライを手に、私のテーブルに近づいて座った。
「食べながら話をしてもいいかしら?」
もちろんです、ラモナ。この人には、何でも訊くことができる。そんな気安さから、上品さに欠ける質問を投げてしまった。こんな小さな村で、どう生計を立てているのですか?
彼女の顔から、明るい表情が消えた。
「残酷な生活よ。今は、私の義兄が経営するこのプルペリアで、週4日働いて月給370ユーロ(約4万2500円)。夜8時からは、リデル(スーパー)の清掃員として、1日たったの20分だけ雇われていて、月給が150ユーロ(約1万7200円)。すごい話でしょ」
全身麻痺のサンペドロに出会ったきっかけと、彼に恋をした話にとても興味があるのですが……。
「彼が55歳で、私がまだ36歳の時だったわ。テレビ番組『リネア900』を見ていたら、彼の闘病が紹介されていたのよ。私はすぐ隣町にいて、彼の話す内容や話し方に惹かれたんです。お互いに一週間足らずで恋に落ちたわ」
当時、ラモナは、魚介類を缶詰にする工場で、缶詰作業員として働いていた。また夜8時から深夜1時までは、地元ラジオ局で、ナレーターを務めた。彼女のラジオ番組のファンだった女性が、サンペドロを紹介するという話に行き着いたのは、1996年6月テレビ番組を見てから一年が過ぎていた。