2段組で507ページにわたる大長編と聞けば、たじろぐ人もいるかもしれない。しかし、それでやめるのは、もったいない。一度読み始めると、たちまちページをめくる手がとまらなくなるのだから。『蜜蜂と遠雷』で第156回直木賞を受賞した恩田陸さん(52才)。選考委員からは「音楽や才能は大変、小説にしづらい。独自の言葉を使い、多様な表現により音楽に迫った」(浅田次郎さん)と絶賛された。恩田さんはいかにしてこの大作『蜜蜂と遠雷』を紡ぎ上げたのか。
(取材・文/由井りょう子)
──世界はこんなにも音楽で溢れている。
登場人物の1人、20才の栄伝亜夜は屋根を叩く雨音を聞きながら、そう思う。16才の風間塵は、野山を群れ飛ぶ蜜蜂は世界を祝福する音符だと感じながら、そう思う。音について人並み外れた感受性と技術を持つ天才たちが、しのぎを削る国際ピアノコンクールを舞台に描かれる恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』。
「一度は音楽小説を真正面から、きちんと書きたいと思っていた」と、執筆の動機を語る恩田さん自身、幼いときからクラシック好きの父の下で音楽を聴き、4才からピアノを習っていた。
「でも、プロのピアニストになろうなんて、これっぽちも考えたことがないし、レッスンはサボるタイプだし。この登場人物たちのような、人生を賭けての場には縁がないんです」
◆6回目の候補での受賞に「ホッとした」
7年かけた連載が昨年9月に単行本になり、年明けに第156回直木賞に輝いた。
「これまで5回候補になっていますから、私は落ち慣れているんですけど、そのたびに周りの皆さんががっかりして、いたたまれなくなるんです。今回の受賞で、もうそんな思いをしなくて済むと思うと、正直、ホッとしました」
主要登場人物は、冒頭の2人のほかに、ピアノの貴公子として一歩を歩き出している19才のマサル・C・レヴィ・アナトールや、すでに妻子持ちで、楽器店で働いている28才の高島明石など。彼らピアニストが、世界各地から集結し、予選から本選へと続く息詰まる2週間を過ごす。その過程に多彩な個性や生き方が鮮やかに浮かび上がる。