2月13日、マレーシアのクアラルンプール国際空港で、北朝鮮・金正恩朝鮮労働党委員長(33才)の異母兄・金正男(享年45)が殺されてから2週間。「遺体は金正男の影武者説」まで飛び出すなど、まるでミステリー映画のようなこの事件を、新聞やワイドショーでは、金正男と金正恩を巡る複雑な家庭環境とともに伝えている。
北朝鮮における世襲制による「金王朝」の独裁は、金正男と金正恩の祖父にあたる金日成国家主席から始まる。彼は白馬に乗って抗日闘争を指揮した国民的英雄とされている。しかし北朝鮮の内情に詳しいジャーナリストの惠谷治さんは、「ねつ造」と指摘する。
「北朝鮮の公式伝記によれば、金正男と金正恩の父にあたる金正日総書記は、朝鮮半島北部の中朝国境にある聖山・白頭山で生まれたとされていますが、実際は日本軍に追われて満州から避難していたソ連で生まれています。
公式には1942年生まれとされていますが、実際は1941年生まれ。妻については公式発表がなく、愛人が多くて情報が錯綜しています。それは、金王朝3世代にわたって同様のことがいえます」(惠谷さん)
これは現在わかっている限りの情報を整理して作成したものだが、実際にはこれ以上に枝分かれした愛人やその子供がいるといわれている。金正男と金正恩についても「ふたりは会ったことはなく、直接話したこともなかった」といわれている。
「北朝鮮国民は徹底した情報管理の下に暮らしていますから、国の代表にこんなに妻や愛人がいることは知る由もありません。今回、金正男が暗殺されたことも、北朝鮮国民は知らされていません」(惠谷さん)
異母兄弟だった金正男と金正恩。ふたりの母の愛憎が、今回の悲劇の元凶にあった。
◆精神不安定な金正男の母
金正男の母・成ヘ琳(ソンヘリム)は、道行く人が見とれるほどのすば抜けた美貌の持ち主のスター女優だった。
「金正日が成ヘ琳を見初めた時、彼女は人妻で、娘は中学生でした。後に成ヘ琳の甥・李韓永が明かしたことですが、当時彼女は夫との愛のない結婚に失望していたんです。1969年には金正日が夫から彼女を略奪する形で一緒に暮らし始めています。そのとき成ヘ琳は33才、金正日は5才年下の28才でした。そして彼女が妊娠すると200坪ほどの豪邸を建て、本妻格として待遇しました」(惠谷さん)
この豪邸は池や滝、シカが飛び回る広大な庭など贅が尽くされた。しかしその周りは、4mを超える塀と、その上には高圧電線が張り巡らされ、塀の外は15m間隔、塀の内側は30m間隔で警備員が配置されていた。1971年5月に生まれた金正男は、この要塞で母と子供時代を過ごした。
著書に『金正日秘録』がある龍谷大学教授の李相哲さんはこう語る。