わずかな時間でも人々に鮮烈な印象を残す「物語」はあるものだ。ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が指摘する。
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いよいよ最終局面に入った今期の連続ドラマ。『あなそれ』『リバース』『小さな巨人』と話題作が生まれてきました。しかし、劇的要素が人の関心を引き寄せるのは、何もドラマ枠だけではありません。今やCMの中においても頻繁に見かけるドラマ的手法。
具体的なシーンを設定して、役者が様々な役を演じるCMがたくさんあります。中には、繰り返して見せられてもイヤにならず、むしろ何度でもクスっと笑わされてしまったりする、秀逸なものも。
一例として「よ~、そこの若いの~」というフレーズで始まるあのCMを挙げたい。瑛太演じる、引っ込み思案のサラリーマン・上田一。転勤した馴染みの薄い土地で、庶民的な広東料理屋へ。
メニューがべたべたと張ってある壁。安っぽいテーブルと椅子。忙しく働くコックたち。ガラスの扉に反射する車のライト。何ていうことない日常のワンシーンが、しかし不思議な印象を放っています。
上田一は、小さな声で遠慮がちに注文。
「いつもの…」
店主にそう言っても、上田は一度しか来店したことのない新参者。だから、すぐには通じない。怪訝そうに聞き返す店主。
「いつもの?」
上田はもう一度、勇気を振り絞って繰り返す。
「いつもの…」
そしてもう一度「いつもの……酢豚餃子セット」を注文し食べるという、ただそれだけの内容。文字に書き出せば、筋立てと言えるほどのものはなく、非常にシンプル。
しかし、そのささやかな日常の「一コマ」の中に、たしかにドラマツルギーが存在しているから面白い。人が何かを決意し、変わる瞬間のドラマツルギーが。
上田は真剣に思っている。「この店の常連」になりたい、と。見知らぬ土地で、自分の居場所が欲しい。「常連」とは居場所を見つけたサイン。引っ込み思案なサラリーマンが、一歩勇気をもって踏み出す瞬間。何だかわかる。理解できる。共感できる。見ている人に、そんな気持ちを抱かせる。やはり、ドラマの力は強いのです。
宣伝している商品自体は、住友生命『1UP(ワンアップ)』なのですが、しかし保険の内容はCMを見ても実はよく解らない。詳細は伝わってこない。しかし、クライアントとしてはそれでいいと思っているのでは。じわっと印象を残し心の中に入れ込めばOK、あとは関心を持った人が自分で詳細を調べてくれるはず、と。
ドラマ的演出がなぜ、CMにおいて有効なのか? それは間違いなく、人の心を揺さぶるから。共感を呼び起こすから。心が動くと、記憶につながるから。