【書評】『舞台をまわす、舞台がまわる 山崎正和オーラルヒストリー』/御厨貴、阿川尚之、苅部直、牧原出・編/中央公論新社/3000円+税
【評者】関川夏央(作家)
「オーラルヒストリー」とは個人史の長大な聞き書きだ。当事者の記憶と証言で「文書に残っていない情報」を現代史探求の材料に加えるのが目的で、おもに政治家が対象だった。実際、発想者の御厨貴とそのチームは多くの政治的「回想」を公刊してきた。
山崎正和は劇作家、また哲学・文学・歴史の間を論じる評論家である。だが同時に、三十代後半から文化的観点から政治シーンに影響を与え、国際交流基金という大きな組織の作り手ともなった。その意味では「オーラルヒストリー」の好個の人で、この本の「語り」は二年弱で計十二回、原稿用紙千枚強におよんだ。
満洲・奉天(瀋陽)からの引揚げ直前に父親を亡くした山崎正和は、十三歳で「闘う家長」とならざるを得なかった。帰国後入学した京都の新制鴨沂(おうき)高校では全国最年少、十五歳の共産党員となって京都大学に指導に行ったという。先進的「植民地文化」と悲惨な敗戦を経験した彼は、驚くほど、また気の毒なほど早熟であった。
一九七二年だったと思う。芝居をやっている友人に山崎正和の戯曲『世阿彌』はすごい、と勧められて読んだ。すごかった。これを二十九歳で書いた直後、千田是也が俳優座で上演したとか、三十歳でイェール大学演劇学科に留学して英語版『世阿彌』を上演したとかは、この本ではじめて知った。