養成所の一つ上の先輩には、後に劇作家となる斎藤憐や、後に演出家となる佐藤信がいた。

「お二人から教わったことは大きいですね。たとえば、佐藤さんは一つのセリフを言うにしても、その言葉がどこから発想されたものなのかを聞いてきます。それは相手の言葉を受けてどう心が動いてそのセリフを言っているのか考える、ということです。僕が答えられなかったり、いい加減に言ったりすると、『違う。ここからだ』と教えてくれました。

 養成所では三年になるまでは芝居をしてはいけないことになっていて、七月に自主公演がありました。その前の春休みに自主発表をしようということになり、その台本を斎藤さんが書き、演出を佐藤さんにしてもらいました。これに『國夫、お前も出ろ』と誘われた時は嬉しかった。佐賀の田舎から出てきて、何もできなくて自信もなくて。一年の時なんて、暗くて人と喋れませんでしたから。それなのに、みんなで芝居をやる時に誘ってもらえたことで、仲間入りができたと思えたんです。

 それは男ばかり六人が登場する、左翼から右翼に転向する男の話でした。『テンコウ』といっても当時の僕には『学校を転校するのか』と思う程度だったんですよ。それで斎藤さんに『吉本隆明の本を読め』と言われ、読んだ後は『次に読むものは自分で考えろ。それを読んだら次に何を読めばいいのか分かるはずだから』と。そうやって役に臨む前に状況を徹底して調べるのが今でも癖になっています」

●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。

◆撮影/五十嵐美弥

※週刊ポスト2017年8月18・25日号

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