大豹の姿はどこにもなく、再び空洞の中へと戻って行く赤ちゃん豹たち。

《見殺しにはできない。成岡は率先して穴に入っていった。まもなく、成岡は、豹の赤ちゃんを二匹抱えて、外に出てきた》

 1匹は鉱山で働く日本人技師に預け、首筋にやけどのあとが残るもう1匹を鯨部隊で飼うことにした。

 豹を拾った成岡は鯨部隊「第二大隊」第八中隊の第三小隊長。「ハチ子」と名づけられたこの豹は、以降、鯨部隊の一員として生きることになった。

「命名したのは、飼育係に任命された一等兵の橋田寛一さん。後に性別がオスだとわかり、“ハチ”と呼ばれるようになったそうです。橋田さんは軍服のいちばん上のボタンを外し、ハチの顔を出すようにして服の中に入れて育てた。ミルクがないので、橋田さんは自分のご飯を噛んで軟らかくして、口移しで食べさせたそうです。深い愛情に包まれながらハチは育ちました」(門田氏)

 成岡もハチを溺愛した。任務を終えると橋田からハチをもらい受け、夜は宿舎で一緒に寝た。後に成岡は自著『兵隊と豹』でこう綴っている。

〈私はかはいくて、夜も一しよに布團に入れて抱いて寝るのですが、目がさめて見ると、きまつて彼は布團の上にのつて眠つてをりました。

 夜中になんだか息苦しくなつて目がさめると、彼は私の頚の上に體をもたせて眠つてゐるのです〉

 赤子のハチが“客人”を救ったこともある。1941年3月、鯨部隊の慰問に舞踊家の宮操子率いる舞踊団が訪れた時のこと。公演を終えた夜、宮がマラリアで倒れた。

 成岡がハチを連れて見舞いに行くと、病床の宮は感激。抱きしめ、ほおずりするほどかわいがる彼女を見て、成岡は病気が治るまでの間、ハチを貸すことに決めた。

 すると、効果はてきめん。ハチと寝食をともにした宮はみるみると快方へ向かい、わずか1週間で完治した。ハチと触れ合う日常が宮を癒し、活力を取り戻させたのだった。

 すくすくと育ったハチはやがて大きくなり、巡回や歩哨(ほしょう)にも随行。「猛獣を飼い慣らす鯨部隊」として、その名はいつしか戦場にとどろいていった。

「ハチは自分を“豹”だとは思っていなかったのでしょう。生まれて間もない頃から鯨部隊の中で育ちましたから。成岡さんや橋田さんが“親”で、隊員たちは“家族”。そして、ハチもまた、部隊の“隊員”だったのです」(門田氏)

 だが、部隊の上層部には、少なからずハチの飼育に反対する者がいた。理由は猛獣ゆえのリスクである。万一、隊員に危害を加えたらどうするのか──。

◆巡察に来た連隊長に飛びかかる

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