お母さんもうやめてあげて、と私は頭の中でつぶやく。好きすぎて、偉大すぎておそろしいのだ。母親は私と同年代に見えた。安室奈美恵がいきなり目の前に現れてフランクに話しかけられたならきっとあなたもこうなりますよ、と思った。
今年KITTE館内で、一歳半程度の赤ちゃんと少年を連れた家族をさがした。一昨年のあの日の時天空の笑顔、そして言葉を覚えているかたずねてみたくなったから。
あの少年は、KITTE場所直後の二〇一五年九月場所こそ出場したものの、その後土俵に時天空が見られなくなったことに「どうして」と思っただろう。今は小学校一年か二年になっていると推測される。その歳ならば、相撲人名鑑を読めるかもしれない。現役の力士ではなくなり、さらに親方・若者頭・世話人も含んだ相撲協会所属の者でなくなっている現実に気付いているか。
KITTEに子供連れの家族は数十組いた。あの日の親子に再会できなくて、私はホッとしていた。「お母さんを大事に」と言われた日のたった一年と少し後に、時天空はもう会えない、ほめても怒ってももらえない場所に悪性リンパ腫により三十七歳で旅立ったこと。それを少年にちょうどよく説明できる自信が、私にはとてもない。
※週刊ポスト2017年9月22日号