【書評】『ヤングスキンズ』/コリン・バレット・著/田栗美奈子・下林悠治・訳/作品社/2400円+税
【評者】鴻巣友季子(翻訳家)
フォークナーの描く郡都ジェファーソン、アンダスンの田舎町ワインズバーグ、『トレインスポッティング』のエディンバラの寂れた町。いずれも、実在の土地を想起させながら架空の場所であり、既視感を呼び起こしつつ自由に創造性を羽ばたかせている。
作品集『ヤングスキンズ』はデビュー作にして、これらの名作の系譜に連なる傑作だ。舞台はアイルランド・メイヨー県の架空都市「グランベイ」。経済機構が崩壊し、麻薬の売人がうろつき、貧困のなかで暴力と犯罪が頻発する。
七編は甲乙つけがたい。中編「安らかなれ、馬とともに」は、十四歳の妹が性的悪戯をされた大麻の売人が、その落とし前として、ボクサー仲間の「アーム」に犯人をボコボコにさせる。ところが、麻薬の元締めがからみ、さらに凄惨な事態へ。その合間には、アームのいびつな“家族”の光景が挿入される。
すでに別居している元恋人、五歳になっても話せない息子、父親らしいことをしようとするたびにコケるアーム。滓のように溜まった鬱憤と閉塞感が生む、つまらない面目と仕返し。マルケスの『予告された殺人の記録』で、花嫁が侮辱された後、何が起きるのか皆が知りながら止めようもなく悲劇に向かう。あの空気を思いだした。