橋田:いや、わかってなかったと思います。たばこもやめてと言わず、好きに吸わせていましたし。私は主人のことを病人扱いせず、自宅でふだん通りの生活をしてもらいました。「家で一日パジャマでいちゃいやだ」とか、「ひげもちゃんと剃ってね」とか、「洋服もちゃんとしたのを着てよ」とか。人様が来ると一緒に食卓を囲み、もう行けなくなるからと、おいしい料理屋さんに食べに行かせたりもしました。
小笠原:それはよかった。そこまでやれる女性は、なかなかいません。
橋田:ウソをついてると、自分でもそのウソを本当だと信じちゃうんですねぇ、きっと。
小笠原:そう思います。信じる者は救われるじゃないけど、当事者が信じ込むと、決してバレない。でも隠し通そうとすると、必ずバレる。ぼくは「がんじゃない」と意図的に隠し通そうとしていたから、患者さんに気づかれた。不信感をもたれ、医師と患者の関係にすきま風が入りました。ぼくは未熟な医師だったんです。
橋田:主人は明るく死にました。やっぱり自分ががんだとは知らなかったと思います。最後の治療で新幹線に乗ったとき、これが最後の新幹線になるのかなあと思ったら、その2日後に病院で亡くなりました。
小笠原:理想の亡くなり方ですね。普通に動けていたのに、2日後に亡くなった。ピンピンコロリじゃないですか。
橋田:急に悪くなって。
小笠原:いやあ、ぼくの経験では、がんというのは家で暮らすと、余命が延びるんです。それで歩けなくなったら、3日で亡くなることも多い。しかもがんだったら、痛みを取るモルヒネ注射もあるし、のみ薬や貼付剤、坐薬もあります。苦しまなくても済むのがいいですよ。
橋田:だから、私はがんもいいなと思いましたね。自分ががんだということを、知らなければ、ですが。
※女性セブン2017年11月30日・12月7日号