長野と岐阜の県境に位置する北アルプス・槍ヶ岳の山荘に、その診療所はある。標高3060m地点に立つ東京慈恵会医科大学槍ヶ岳診療所。登山者たちの間では“雲の上の診療所”と呼ばれている。
平屋建ての診療所は2部屋に区切られ、入り口から見て左側が診察室。右側の登山者がくつろぐスペースには、最大8人が寝られる二段ベッドもある。
ここで毎年7月中旬から約1か月間、慈恵医大のスタッフがボランティアで登山者の健康管理を行なっている。深刻なケースに対応できるよう、同大附属病院とテレビ会議ができる遠隔医療支援システムもある。
今年は7月14日に開所したばかりだ。この診療所にやってくる“患者”の多くを占めるのが60歳以上の高齢者だという。
「以前、診療所に担ぎ込まれた60代の男性の話を聞いて驚きました。前日に深酒して二日酔い気味で、朝起きたら少し熱っぽかったと言うのです。今回初めて集う人たちとの山登りツアーが楽しみだったので無理して登ってしまったそうです。吐き気がおさまらない、割れるように頭が痛いなどの症状を訴え、重い高山病を発症していました」
そう語るのは、同診療所で、毎年ボランティア診療を行なっている医師の1人、油井直子氏だ。彼女自身も山を愛し、登山を趣味にする整形外科医。スポーツ医学が専門で、国際認定山岳医の資格を持つ。槍ヶ岳診療所でのボランティア診療は、今年で26年目になる。