そのまま「開腹手術をします」と言われ、サインをして病室に入った。その後の意識はない。

「『すごい痛かったでしょ?』と、みんな聞くけれど…」

 彼はちょっと困ったような顔をした。

「痛みはまったくなかったんだ」

 拳銃の弾は彼の腹を貫通していた。

「中に残れば痛みはあるみたいだけどね。貫通していれば痛くない。撃たれた時の感触は…、そう野球のバットの素振りかな。それがガンと腹にあたったような感じの衝撃があった。拳銃はベレッタというイタリア製の32口径。口径が小さくて、これぐらいのサイズ」

 そう言って彼は指先を見せた。

 右の背中から入って右の腹から出た弾は、運よく筋膜に入り、筋膜に沿って身体の外に出た。弾は彼の腸を傷つけてはいなかった。腸を傷つけてしまうと、止血している間に出血量が多くなって死んでしまう確率が高くなる。撃たれた場所が少しでも違ったら、もしこれが45口径だったら、彼は助かっていないかもしれない。

「運がよかったんだ」

 病室で目覚めた時、最初に思ったのは「えらいミスをしてしまったな。犯人を捕まえないで、ケガだけして。俺はこれでクビになったな」だったという。ところが事態は違っていた。その日のうちに、病室に警視総監が見舞いに来て、「よく頑張ったね」と彼に言葉をかけたという。

 同僚が亡くなったことを知ったのはそれから3日後だ。

「外で告別式の話をしていたのが聞こえたんだ」

 彼の後に通用口から入ってきた警察官は、心臓を撃たれて即死。殉職していたのだ。精神的なショックを与えないようにと、同僚たちは彼に言わなかった。

「精神的なショックより何より、俺は同僚が死んだってことをただ受け入れるしかなかった」

 次の日には両親がやってきた。

「拳銃で撃たれたんなら、絶対に死んでるって、二人とも喪服を持ってきたんだよね」

 犯人の男は当時28歳。船員としてアメリカに渡り、向こうで拳銃の練習をしてきて腕がよかった。事件は、警察官の説得に男が投降して終わった。銀行の支店長室に立てこもった男に、警視庁捜査1課の管理官が、背広を脱いで丸腰で行き説得を試みたのだ。後にその時の様子を調書で見た彼は、この時、説得したのがこの管理官だったからこそ、彼が投降したのだと思ったという。

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