今上陛下は平成を通じて何を国民に伝えたかったのか。文芸評論家の富岡幸一郎氏が30年間のお言葉をひもとく。
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平成の御世が終わりをつげる。明治以降、日本人は太陽暦を採用し西暦をグローバルスタンダードとして用いてきた。しかしこの国の長い歴史のなかで「元号」は皇統の歴史の表徴であるとともに、人々の生活感覚に深く根ざすものとして、二十一世紀の今日に至っている。元号は「時」というものを名づけることの大切さを知覚可能にしてくれるのである。
平成二十八年(二〇一六年)の八月八日、われわれは驚きをもってこの「時」に直面したのは記憶に新しい。今上陛下は、戦後七十年という節目を過ぎ、二年後に迎える平成三十年という「時」を見据えられて、国民一人ひとりに「象徴としてのお務め」の在り方について語られた。
当初このお言葉は、今上陛下の高齢による生前退位の意向表明として受けとめられ、摂政を置くべきだなどとの様々な議論を呼んだが、今日改めて感受するならば、象徴天皇の在り方を問い、自らが体現されてきた「伝統の継承者」としての「国民統合の象徴」の務めを途切れさせてはならないとの主旨であったのは明らかである。生前に退位することは目的ではなく、皇室の伝統を現代において生かしていくことの一つの手段として国民に問われたのである。お言葉の最後にその思いは重ねて表明されている。
〈……憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたびわが国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのようなときにも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました〉