平成を代表する女子アスリートが身を退くことを決めた。日々、大人力を研究するコラムニスト・石原壮一郎氏が述懐する。
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偉大な、あまりにも偉大すぎる選手が現役を引退しました。レスリング女子で、五輪と世界選手権を合わせて16大会連続世界一を成し遂げた吉田沙保里さん。10日には都内で記者会見を行ない、いつもの誠実な口調で「レスリングはすべてやり尽した」という思いから引退を決意したことや、今までの応援への感謝などを述べました。
いやいや、感謝するのは応援させてもらったこちらのほうです。長いあいだ本当にお疲れさまでした。今後はきっと指導者として、その力を発揮してくれることでしょう。記者会見でも意欲を述べていましたが、バラエティ番組での活躍も楽しみです。
彼女の最大の武器は、目にもとまらぬ高速タックル。不肖石原、6年前にとある囲み取材の場で、恐れ多くも吉田沙保里さんに高速タックル(もののたとえ)を試みたことがあります。そこで思い知らされたのは、彼女は「霊長類最強女子」であると同時に「大人力最強女子」でもあるということでした。
彼女は三重県出身。2013年1月のある日、東京ミッドタウンで開催された「三重フェア」のオープニングセレモニーのゲストとして登場し、ステージ上で鈴木英敬三重県知事と軽妙なトークを繰り広げていました。前年にロンドン五輪でオリンピック三連覇を達成し、国民栄誉賞を授与された直後のことです。
同じ三重県出身で、伊勢うどんの魅力をあの手この手で発信したいと意気込んでいた私は、伝手をたどってオープニングセレモニーの記者席に潜入。その少し前に吉田選手(当時)が、自身のブログで「最近食べたおいしかった食べ物」として伊勢うどんを紹介していて、きっと伊勢うどんの話が出るに違いないという予想と期待を胸に秘めていました。
はたして、予想は大当たり! トークの中で鈴木知事が「吉田さんは、伊勢うどんもお好きだとか」と話を振って、しばし伊勢うどん談議が繰り広げられました。当時は伊勢うどんの知名度はまだまだ低く、今以上に「コシのなさ」への風当たりも強めでしたが、吉田さんは愛情たっぷりに「おいしいですよね」「あのやわらかい感じが大好きです」と念入りに称賛してくれたのです。じつに感動的な光景でした。
セレモニー終盤の囲み取材。せっかくのチャンスを逃すわけにはいきません。大勢の記者が吉田さんを囲む中、勇気を振り絞って手を上げ、質問をぶつけました。