【著者に訊け】宮部みゆき氏/『昨日がなければ明日もない』/文藝春秋/1650円+税
2003年以来、『誰か』『名もなき毒』『ペテロの葬列』と作を重ね、小泉孝太郎主演でドラマ化もされた通称・杉村三郎シリーズが、マイクル・Z・リューイン作、アルバート・サムスンシリーズの探偵像に源流を持つことは、宮部みゆき氏自身、かねて公言するところだ。
「つまり彼を平凡ながら人の話を真摯に聞ける、普通の探偵にしたかったんです。それこそ町内会の防犯委員を、『若いんだから、やんなさいよ』って大家の〈松子〉さんにやらされたりする、自己愛の薄~い……麩のイメージです(笑い)」
シリーズ第5弾『昨日がなければ明日もない』では、前作『希望荘』で東京北区〈竹中家〉の一角に看板を掲げた新米探偵の奮闘を、全3篇の中短編集に描く。帯に〈杉村三郎VS.“ちょっと困った”女たち〉とあるが、愛情と依存を履き違え、深みに堕ちてゆく女たちの虚構の悲劇に、なぜこうも心を乱され、怒りを覚えるのか。その圧倒的な筆力が恨めしくすらなってくる。
「彼女たちは相手次第ではよき妻や母親になれたのに、ちょっとしたボタンの掛け違いが悪い方に出てしまっただけとも言えますよね。例えば第1話『絶対零度』の〈佐々優美〉は学生時代に知り合った夫〈知貴〉だけが理解者だと思い込んで、結局は夫の横暴を許してしまう。でもそういう要素って多くの女性が持っているだろうし、それが悪い方に働いた時に当人たちに何て言ってあげたらいいのか、私も歯がゆくて……」
ここで前作までの経緯を整理すれば、児童書の編集者時代に今多コンツェルン会長〈今多嘉親〉の婚外子〈菜穂子〉と出会い、入社を条件に結婚を許可された杉村は、以来広報室で社内報の制作に従事し、一人娘〈桃子〉にも恵まれた。が、前々作で妻の裏切りに遭って離婚し、職も失った彼は調査会社・オフィス蛎殻(かきがら)の若き代表〈蛎殻昴〉の勧めもあって探偵事務所を開業。同社が回してくれる仕事で今は何とか食い繋ぐ毎日だ。