英語版だけで900万部、日本でも100万部を優に超える大ベストセラー『夜と霧』。オーストリアの精神科医ヴィクトール・E・フランクル(1905~1997)が書いたこの作品の原題は、『心理学者、強制収容所を体験する』。その名の通り、先の大戦中にフランクル自身がナチスドイツのユダヤ人強制収容所に収容された時の体験が、心理学的な見地から冷静な筆致で描かれている。
この世界的名著は、過酷な収容所生活を記録したドキュメンタリーとして広く知られているが、ストレス・マネジメント研究者の舟木彩乃氏によると、『夜と霧』で語られている内容は深刻な不安やストレスを抱える現代人にとっても学ぶべき点が多いという。
「強制収容所での出来事や体験を書いた記録や報告は数多く発表されていますが、その中でも『夜と霧』は異彩を放っています。それは、被収容者たちがどのようにして精神を崩壊させてしまったのか、あるいは逆に、過酷な状況に直面していかに健全な精神を保っていたのかといったことについて、心理学や精神医学の立場から解明しているからです。これは、ストレス・マネジメントの観点から見ても、とても貴重な記録だと言えます。
実際、近年注目されている『首尾一貫感覚(SOC/Sense of Coherence)』というストレス対処の考え方を提唱した医療社会学者のアーロン・アントノフスキー博士は、著書の中でフランクル氏の研究から影響を受けたと明記しています。『夜と霧』には、メンタルを強くして、ストレスに耐えながら生きるためのヒントがちりばめられているのです」(舟木氏、以下同)
◆生還したのは「偶然」ではない
別名「ストレス対処力」と呼ばれる「首尾一貫感覚」は、もともとアントノフスキー博士がユダヤ人強制収容所に収容され過酷な体験をした女性たちの中で、戦後も生き延び、更年期になってもなお良好な健康状態を維持し続けた人々に共通する考え方や特性を分析した概念だ。舟木氏の近著『「首尾一貫感覚」で心を強くする』によれば、それをわかりやすく表現すると、
・「だいたいわかった(把握可能感=Sense of Comprehensibility)」
・「なんとかなる(処理可能感=Sense of manageability)」
・「どんなことにも意味がある(有意味感=Meaningfulness)」
という3つの感覚からなる。