商売繁盛、立派な旦那となった竹次郎。暮れの挨拶をしに訪ねて来た元締めが「はなのために下げたくない頭を下げて、はなを実の伯父さんに会わせてやれ」と言う。親とも兄とも慕う元締めの言葉に従い、10年ぶりに兄を訪ねた竹次郎……。
「江戸っ子の親切」に着目した演出が胸を打つ。善意に助けられた誠実な男がいかにして大店の旦那になったか、権太楼は生き生きと描いた。「元締め」なる人物は権太楼の創作で、これが見事に効いている。
もちろん『鼠穴』は後半の劇的な展開こそが肝。ネタバレを避けるために詳細は書かずにおくが、権太楼は兄と竹次郎の再会以降にも工夫を凝らしている。ラスト近くの父と娘の会話は完全にオリジナルだ。
初演にしてこの完成度。さすがである。権太楼は今後、この『鼠穴』をどんどん高座に掛けて磨いていき、年末のTBS「落語研究会」で披露するという。この初演からどう進化していくのか、楽しみだ。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2019年7月5日号