「入団してすぐに仲代達矢さんが主演した『ハムレット』でフランシスコ役をいただきました。幕が開いてすぐに『誰だ、名を名乗れ』という自分の声で芝居が始まる。千田先生からそんな役に抜擢してもらえたので、『これでまず俳優座で生きていく第一段階がスタートした』という実感がわきました。同期には加藤剛ちゃんもいましたが、彼ですら台詞のない役でしたから、俳優座にはかなり嘱望されているという思い込みはありました。
にもかかわらず退団しました。それは、僕の上には常に加藤剛がいたから。スターシステムが新劇の世界にもあったんです。剛ちゃんとは親しかったけど、彼がいるうちは絶対に抜くことはできない、ずっと二番手だろう。これは現実の問題としてね。俳優座が加藤剛でいきたいというのが分かったので、僕としては一生を俳優座に委ねる気持ちが薄らぎ、退団しました。
フリーになって、商業演劇にも出演するようになりました。おかげで新劇一辺倒の固まった人生よりも、人生が開けたと思っております」
退団後は蜷川幸雄演出の公演で、同じく俳優座を退団した先輩・平幹二朗と共演してきた。
「僕は僕なりの言葉へのこだわりを持っています。そういう面で範たるべき人が平幹さんだということは事実ですね。
口跡の良さや発声。シェイクスピアを演じるために生まれてきたような稀有な俳優です。感情が高揚していても、セリフがロジカルに流れる。どこをどう粒立てて相手に分かってもらいたいのか。その力点について俳優としての解釈が明確に伝わってくるんですよね。
しかも、それをことさらアピールするのではなく、うまく包みこんで平幹さんの世界に僕たちを誘ってくれる。平幹さんと芝居しながらそういう触発をされることで、役者をやっている実感を得ることができました」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。
■撮影/黒石あみ
※週刊ポスト2019年8月30日号