警察は隅田公園周辺の防犯カメラに映った不審者を追いつつ、逆恨みの線でも捜査を進めていた。しかし賢剛には、父・智士の死後も自分や母親を何かと気遣い、警官の道を開いてくれた辰司が恨みを買うとは思えない。そしてその疑問は、兄弟同然に育った亮輔にとっても同様だった。亮輔は、事件当日に父が立ち寄ったなじみの店で常連客に話を聞き、素顔を探るが、父を最もよく知るのは28年前に自殺した智士だったと、傷心の母までが口を揃えた。
とはいえ、智士が亡くなった時、亮輔たちは4歳。賢剛の母親に今さら事情も聞けず、遺品を検(あらた)めた彼は、1冊のスクラップブックに目をとめる。そして父が智士の死と前後して起きた2つの事件を調べていたことを知る。
1つは1989年、〈東芳不動産〉社員の子息をめぐる、未解決誘拐事件。今1つは母親が乳児を衰弱死させた育児放棄事件で、夫がバブルで大金をつかみ、遊興に溺れたのが遠因ともされた。そして2つの事件の接点に〈時代に怒る〉人々の姿を見出した矢先、亮輔のもとにこんな警告文が届くのだ。〈これ以上、かぎ回るな〉
◆犯人の事情にも理解を示す読者
人情残る下町・浅草で「時代への怒り」を抱いた人々の義憤が、作中の随所で事態を展開させていく。
「今回、誘拐事件を未解決のままとするために、犯人側の動機の設定を工夫しました。結果的にそれが、容赦ない地上げで心理的に人々を追い込んだバブル期という『時代』がもつ背景にうまくリンクしました」