御嶽とは神が降臨して鎮座する聖域のことで、日本本土で言う磐座(いわくら)にあたる。本島では村落ごとに必ず1か所あり、祭祀の中核としての役割を担い続けた。多くは拝殿や社殿を備えず、最奥部にあるイビあるいはイベと呼ばれる至聖所にある巨岩や神木の前に石製の香炉が置かれるのみだが、これまた神社建築が出現する前の本土のあり方に近い。
グスクが特別な御嶽の近くに築かれたのは神の加護を願ってのこと。グスクと御嶽こそ「沖縄の心」がもっとも凝縮された聖地なのだ。首里城内にもかつて首里森と真玉森という2つの御嶽が存在し、首里森のほうは1997年に復元されたものが幸いにして今回の火災による被害を免れた。
数あるグスクのなかでも格段特別視されているのは、沖縄の創世神話にまつわる「開闢(かいびゃく)の七御嶽」と呼ばれるところで、本島に6か所、久高島に1か所が点在している。
なかでももっとも有名なのは王国祭祀の拠点であった斎場(セーファ)御嶽だ。聞得大君(きこえおおきみ)という最高位の女性祭司の即位式の行なわれた場所であり、長らく男子禁制の場とされてきた。沖縄出身の小説家・池上永一の『テンペスト』は王朝末期の聞得大君が登場する作品で、仲間由紀恵を主演に迎え、NHK BSプレミアムでドラマ化もされたから、ご覧になった方もいるだろう。
これら御嶽を訪れる際は浮ついた心を断固排除すべきところ、近年は哀しいことに、“インスタ映え”を求める観光客により、地元住民の心や神聖な空気をかき乱す行為が目立っている。久高島ではやむなく立ち入り禁止エリアを設けたが、観光客の良識を期待して看板を立てるのみにしたのが災いして、インスタに投稿することなどを目的に入り込む者が依然として後を絶たないという。このままでは鉄柵を設けねばならなくなるかもしれない。
【プロフィール】しまざき・すすむ/1963年、東京生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て現在は作家として活動している。著書に『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』(辰巳出版)、『いっきに読める史記』(PHPエディターズ・グループ)など著書多数。最新刊に『ここが一番おもしろい! 三国志 謎の収集』(青春出版社)がある。