誰もが夢見るものの、なかなか実現できない夢の馬券生活。調教助手を主人公にした作品もある気鋭の作家、「JRA重賞年鑑」にも毎年執筆する須藤靖貴氏が、本気で競馬に勝ちに行く決意を新たにした。
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競馬で2万4000円負けた(やけに具体的だな)。そんなとき、薄い財布を団扇がわりにして熱い顔をこうなだめてきた。
「大のオヤジが10時から16時まで熱狂できたんだ。あっちこっち歩いて運動にもなったし、拳を握りしめて大声も出せたし。遊興費としてはチト嵩んだけど、全身全霊で楽しめたからまあいいか」と。
だからダメなんだって! 苦いビールを舐めながら、私は猛省したのである。
東京五輪が行なわれた昭和39年の年の瀬に生まれ、高度成長期の中で成長し、バブル期に就職したせいだろうか、人間が実に甘っちょろい。大学運動部出身で体重90キロ超えなのに重厚感に乏しく、軽薄で短絡で楽天的すぎる。「人間万事塞翁が馬」の意味を「そのうちいいことがある」と曲解していた。物事に一喜一憂するなという真意は最近になって知ったくらいである。
1999年に小説家デビューを果たし、一貫してスポーツ小説を書いてきた。『リボンステークス』という競馬小説を書いたとき、あちこちを取材し、多くの競馬関係者に触れることができた。別の連載でも調教師の先生に長期間じっくりと話をうかがい、レース後の騎手と一献傾けて本音を聞いた。競馬学校にも泊まり込みの取材をさせてもらった。
たとえば、強い騎手とは? 一流の騎手はレースの勝負どころを逃さない。ところが超一流はその上を行く。一流が「ここだ!」と動く前にすでに行っていると。そこにコンマ数秒の差が出、一瞬の感性が勝ち鞍につながるというのだった。
だから調教師は、たとえ若い騎手にもテクニカルなアドバイスはしない。自分で気づくしかないのだ。