父が急死したことで、認知症の母(85才)を支える立場になった女性セブンのN記者(56才・女性)が、介護の裏側を綴る。今回は、コロナ禍における「ラジオの力」だ。
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外出自粛で人との交流が激減、認知症の母はボンヤリが加速気味だ。ふと、仕事をしながらラジオを聴く若き日の母を思い出した。パーソナリティーと語り合うような楽しく温かな空気感が懐かしい。よし! ラジオを買いに行こう。
◆ラジオの向こうの声はまるで旧知の友のよう
「ねぇママ、大沢悠里(おおさわゆうり)さん、覚えてる? ラジオの…」
「もちろんよ! 昔、仕事しながらよく聴いてたの。すごく面白かったわぁ」
緊急事態宣言発令以後、サ高住の部屋で母は居眠りしてばかりいる。認知症がグンと進むのではと気がかりで、訪問自粛要請を押して、母を訪ねたときの会話だ。
母はいつになくスピーディーに即答、しかも力強かった。50年前、ラジオを聴きながら紳士服を縫う場面が、母の脳裏に鮮やかによみがえっているのがわかった。
私もよく覚えている。押し入れを改造した母の小さな仕事場の片隅にラジオがあった。「ラジオをお聴きのみなさん、お元気ですか?」という声にうなずいたり、何か面白いことを言ったのか、ラジオの向こうも母も笑い転げていたり。まるで一緒にいて会話しているような空気だ。アイロンやミシンをせわしなく繰る母の背中は、とても楽しそうだった。
大沢悠里さんは当時から母の大のお気に入りだ。ゆったりとした穏やかな口調の中に、「ユーモアがにじみ出ていて気立てがいい」と母。古い知り合いを語るように言うのだ。
またこんなこともあった。
当時、新人アナウンサーだった久米宏さんと、いまは料理愛好家で知られる平野レミさんが中継車で街に繰り出してクイズをやるというラジオ番組の人気コーナーがあり、それが私の住む団地にやって来たのだ。普段はおとなしい母が興奮気味に「Nちゃん、大変よ!」と仕事を中断し、ふたりで広場へ走って見に行った。