あの頃の夜といえば、好きなテレビ番組が始まるまではラジオのプロ野球中継が定番。実況を聴くだけで、目の前で見ているように歓喜したり悔しがったりする父を、不思議に思いながら見ていたものだ。昭和時代のわが家には、ラジオの存在感が大きかったと、あらためて懐かしく思い出した。
◆外出自粛で淀む母の心にラジオで再びときめきを
問題は「母が持て余す膨大な時間をどうするか」だった。読書は好きだが、認知症の母には限界もある。そして厄介なことにテレビもダメだ。もともと好きではなかったが、認知症になってからは「騒々しくて嫌」と言って、自室のテレビもつけたことがない。途方に暮れかけたとき、あの仕事場の母を思い出した。
そしてうれしかったのは、大沢悠里さんがいまも生放送を続けていることだ。即、ラジオを購入した。私はスマホアプリで聴けるが、母にはラジオがいい。自分でチューニングするのは難しいので、プリセット選局できるものを選んで、電源のところには目立つシールを貼った。
「赤いシールを貼ったボタン、押してみて。もうすぐ大沢悠里さんの番組が始まるよ」と電話で母に促すと、驚くほどスムーズにスイッチオン。電話の向こうにラジオの音も聞こえ始めた。誰かが母のそばにいてくれるみたいだ。
「あら~」
母の声も弾んでいる。“ラジオのある生活”の復活だ。
※女性セブン2020年5月21・28日号