午後1時ごろ、赤ちゃんが生まれた。「袋に包まれていたんです」と言って、理恵さんは両手で円を描いた。破水せず、卵膜に包まれた状態で生まれてきた。「被膜児」(幸帽児)と呼ばれ、珍しいケースだ。
「被膜児」は縁起がいいとされ、子どもは幸運に恵まれるという言い伝えがある。理恵さんは「袋があったから、衝撃が和らいだと思う」と話す。取り上げる人もいない状態で産み落とされても風呂場の床に頭を強打せず、生きていたことは幸運そのものだった。
理恵さんは袋を破って赤ちゃんを取りだした。女の子だった。「泣かせなきゃいけない」と思って胸をたたいて刺激を与えたところ、小さな泣き声を上げ、ほっとした。「かわいい」。赤ちゃんを見たとき、そう思った。出産できたことにうれしい思いもあった。その一方で考えた。
「この子の未来はどうなるのだろう」
へその緒を洗濯挟みで留め、はさみで切断したところ、血が一気に噴き出した。頭から全身が血まみれになり、壁にも飛び散って動転した。風呂場も血だらけだ。
まずは自分の体についた血を流すため、起き上がろうとしたが、意識を失って倒れてしまった。意識を取り戻すと、シャワーが出しっ放しになっている。赤ちゃんを抱え、はうようにして2階に上ったところでまた倒れた。赤ちゃんに怪我がなかったのは運がいいとしか言いようがなかった。午後3時半ごろ、母親が帰ってきた。もう隠すことはできない。
「実はさっき、一人で子どもを産んだ」と告白した。
母親は「ちょっと買い物に行って来る」と言って出掛け、おむつとミルク、ほ乳びんを買ってきた。母親は理恵さんの妊娠にうすうす気づき、「いつ話してくれるのだろう」と思っていたという。告白を受けても、一切問いたださなかった。
その日の夜、理恵さんは赤ちゃんをずっと抱っこして過ごした。