この数年、様々な場所のハラスメントが可視化され、「良くないこと」として止めるように求められてきたが、実際には、被害にあっている人が場所を追われることのほうが多い。とくに「お客様は神様です」が行きすぎていると指摘されることもある接客の現場では、カスタマーハラスメントに泣き寝入りさせられることが少なくない。俳人で著作家の日野百草氏が、今回は、「アニメおじさん」のためにコンビニで働くのをやめたベトナムからの女子留学生についてレポートする。
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「おじさん怖い。私もう会いたくないです」
ベトナム人の女子留学生、ホアさん(仮名・20代)は小さな肩を震わせる。とても愛らしい女性で、本当は別の名前だが、ここは仮名でホア(ベトナム語で”花”の意味)さんとする。ベトナムの女の子は花の名前や季節(たとえばシュアン・春)などの名前が多い。ホアさんは日本で言うなら花子さんだ。ホアさんと仮名にするのは特定がどうこう以上に、身の危険があるためである。
「怖い人、アニメおじさん、いつも来ました」
身の危険の原因はホアさんがかつて勤めていたアルバイト先のコンビニに来ていた男である。ホアさんが「アニメおじさん」と呼ぶ理由は後述する。ホアさんは彼の恐ろしさにコンビニを辞めたが、いまも怖がっている。
ホアさん、まだ日本語学校に通い始めて1年ほどだが、日本のアニメや漫画が好きだったので多少は覚えたという。とくに『君の名は。』はベトナムの映画館で見て感動したそうだ。純愛ものが好きとのことで、『聲の形』や『天気の子』なども劇場で観たという。ベトナムは健全な作品という条件に限れば日本のアニメをたいてい観ることができる。とくに『ドラえもん』などはベトナムでも国民的アニメだし、『美少女戦士セーラームーン』もベトナムの少女には懐かしい作品だ。
「おじさん、優しいけど怒る、話長いの迷惑。仕事中なのに」
そんなホアさんが憧れの日本に来て、勤め先で遭遇した男はいわゆる「クレーマー客」と呼ばれる人種だった。ホアさんは怖がっていても「おじさん」と丁寧に呼ぶ。ベトナムの英雄、ホー・チ・ミンの愛称「ホーおじさん」と同じように。ベトナムは年功序列、上下関係が徹底していてベトナム語でも男性女性、目上目下どころか年齢、性別によって人称代名詞も事細かに変わる。普通の女の子ならまず目上をぞんざいな言葉で呼んだりしない。
「ホアのため、ホアのため、って怒ります」
「アニメおじさん」とはなかなかキャッチーだが、ホアさんいわく、日本で言うところの中高年がアニメ好きというのはベトナムでは珍しいから素直に呼んでいるだけで悪意はないようだ。