「街中華でも乗っ取れば」
移動した幹部の店は姐さんの経営するスナックだった。『Go Toイート』の対象店ではないという。
親分は若い衆にとって父親にあたるが、配偶者でも、内縁であっても、ヤクザの女は正式にすべて“姐さん”であり、格下の存在とされる。男尊女卑をベースとする彼らの疑似血縁制度の中で、母親の地位に相当する女はいない。そのためヤクザの女は、いつ何時情夫が刑務所務めとなっても自活できるよう、自分の稼ぎを持っている。
ホテトル経営など合法と違法の際で仕事をすることもあるし、スナックや喫茶店のような合法店を営むこともある。警察のフロント企業リストには、姐さんが講師となっているピアノ教室まで載っている。
幹部は、こうしたばらまき策がすぐにシノギにならなくても、いずれシノギを生み出すと説明する。
「『Go Toイート』は金が空から降ってきた感覚になる。原資は税金なのに、早い者勝ちで使わねば損をした気分になり、みなが浮き足立つ。どうやってたくさんその金を拾うか……爪を伸ばす(欲を出す)ヤツらの姿が見えてくれば、そいつらがいずれ俺たちのカモになる。金に目がくらんだ奴らが同じ穴の狢になれば、“犯罪をばらすぞ”と脅してもいい」
ZOZOの創業者で前社長の前澤友作氏が、(本人の自己申告によれば)SNSを通じて23億の金を配って以降、振り込め詐欺集団はSNSを通じて出し子を集めるようになった。空から降ってくる金を欲しがる人間たちが、そのまま犯罪者の有力な手先になるからだ。
裏社会のリクルーターたちは口を揃え「前澤さまさまです」と公言する。この幹部もスナックに来る常連客に協力し、どんどん不正を勧めているという。申請が難しいと感じ、尻込みする年配の経営者には、パソコンやネットに詳しい若い衆を紹介するなど、親身になって地域に尽くす。
「いつもならヤクザを警戒する奴らが、コロナ対策で落ちてくる金に浮かれ、のこのこ、こっち側にやってくる。年金で赤字を補填しているような街中華でも、乗っ取れればそれなりの儲けが出る」
暴力団の善意には裏があると考えていい。気を許して不正をしでかせば弱みを握られ、どこまでも脅される。身ぐるみ剥がされた後に気づいても遅い。
【プロフィール】
鈴木智彦(すずき・ともひこ)/1966年、北海道生まれ。日本大学芸術学部写真学科除籍。ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めた後、フリーに。主な著書に『サカナとヤクザ』『ヤクザときどきピアノ』など。
※週刊ポスト2020年10月30日号