音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、4席みっちり語る濃厚な独演会を開いた柳家さん喬の百花繚乱な充実ぶりについてお届けする。
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年に一度、よみうり大手町ホールで開かれる「ザ・柳家さん喬」。4席みっちり語る濃厚な独演会だ。今年はコロナ禍で6月6日から9月30日に延期となり、定員を半数以下にして開催。動画も有料配信された。
まず寄席サイズの『浮世床』を演じた後、高座を降りずに2席目『木乃伊取り』へ。無骨な田舎者の清蔵が吉原の座敷の派手な雰囲気に呑まれ、相方の花魁にメロメロになっていく様子を楽しく描いた。
3席目は『鴻池の犬』。上方のネタを江戸に移したもので、さん喬はこれを独自の演出で丁寧に磨き上げ、人情噺風の十八番としている。
江戸の乾物屋の店先に捨てられていた黒、白、ブチの子犬。小僧が主人に頼んで飼うことになったが、長兄のクロが大坂の豪商・鴻池善右衛門に引き取られていく。次兄のブチも大八車に轢かれて亡くなり、小僧に邪険にされるようになったシロは、大坂のクロの許へと旅に出る。
道がわからず困っていたシロだが、伊勢参りの旅をするハチという犬と出会う。ここからのロードムービー風の展開はさん喬ならでは。楽しい道中も、やがて大坂方面と伊勢方面の分岐点へ。別れがたいシロとハチ。寂しそうに「お別れか?」と繰り返すシロ、「また会えるさ。兄ちゃんに会えるといいな!」と励ますハチ。ウルッと来る場面だ。
通常の独演会ならこの3席でお開きだろうが、この会ではさらに大ネタが続く。『中村仲蔵』だ。
仲蔵の師匠である中村傳九郎が後に勘三郎を襲名する名優であること、四代目市川團十郎が預かった時の仲蔵は「中村市十郎」と名乗っていたことなどを語ってから、本編へ。「稲荷町から名題への出世は異例」といったことは語らない。