顔見世興行の忠臣蔵で戯作者が嫌がらせで割り当てた斧定九郎。これを演じるため仲蔵が役作りの願掛けで日参するのは向島の三囲稲荷。これがサゲへの伏線となる。
新たな定九郎を思いついた仲蔵が役者や狂言方、大道具など五段目に関わる人すべてを家に招いて綿密に打ち合わせをする場面があるのは納得の展開。五段目の場面の丁寧な描写は他の演者と一線を画する。初日を終えた仲蔵がいきなり上方に逃げようとせず「もう一度考え直してみる」と外に出て評判を耳にする流れも自然でいい。きめ細やかな描写と新解釈を交えた見事な演出が爽快な後味を残す逸品だ。
寄席ネタ、笑わせる廓噺、犬が主役のメルヘン人情噺、そして骨太の芝居噺。贅沢すぎるほど充実した内容は、まさにこの会の副題「百花繚乱 さん喬噺」そのままだった。
【プロフィール】
広瀬和生(ひろせ・かずお)/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。2020年1月に最新刊『21世紀落語史』(光文社新書)を出版するなど著書多数。
※週刊ポスト2020年11月20日号