社長の言葉は正直だ。みんな正直な話をするなら「どうにもならん」だろう。未知のウイルスに抗うすべは未だにない。だが端緒からそうだったのか、もう忘れている方々も多いかもしれないが、今年の1月23日午前11時、新型コロナウイルス発信源とされる武漢が封鎖された日、成田空港には武漢から満席の直行便が到着していた。それ以外の中国便は普通に運行されていた。そして1月16日、武漢滞在歴のある中国籍の男性が日本国内で初となる新型コロナウイルス陽性感染者として発見された。その1月の訪日中国人は92万4790人。コロナウイルス真っ只中の国から92万4790人も入国させてしまったのは日本政府である。今年の春節に伴う大型連休はいつもなら7日間のところ1月24日から10日と長かった。1月は中国国内でも市場封鎖、死者の続出、武漢の封鎖とパンデミックの只中に。社長の言うようなたらればかもしれないが、あのとき国が毅然と判断できていたなら ―― あまりに平和ボケだったのかもしれない。挙句の果てに金をとるか命をとるかでいがみ合う分断国家になりかけている。発信源だったはずの中国以外、日本も含めた世界の主要国はいまだにコロナとその分断に苦しんでいる。

「でも来てくれるか心配ですね。日本はコロナまみれで怖いって中国の知り合いも嫌がってますからね」

 これ、じつは筆者の中国の知人も同じことを言っている。つきあいのある中国人も多いが正直釈然としない。それなのに国が自粛しろ、行動は制限しろ、でもGoToしろ、中国人は来てください、では協力するにも限度がある。

「それでも私達も食ってかなきゃいけませんからね、情けない話ですが今年はボーナスだって出せなかった。それだけでも心苦しいのに、自宅待機とか、仕事の打ち切りとかしたくないです。だからGoToトラベルの停止分、春節に期待するしかないんです。インバウンドには本当に助かってましたから」

 小さな旅行代理店がこれなら、大手はもっと厳しい状況だろう。設備費や人件費の段違いな旅館やホテルはもっと悲惨だ。急激な一時停止で食材の発注も観光地のそのものの準備もパーになる。先の補償程度でまかなえる額ではないだろう。新型コロナウイルスによる死者数は12月16日現在で2,755人。がんで死ぬ数は年間37万人。毎年、県庁所在地の奈良市や和歌山市が消滅するような数が死んでいる。インフルエンザの2018年の死亡者数が3,325人。今年10月~11月の自殺者が3951人で、この2ヶ月の自殺者数だけでコロナ禍の年間死者数を超える。なんでもかんでもコロナのせいにする気はないが、自殺者数は前年比で10%以上増えている。数字は正直だ。コロナで死ぬか、経済で死ぬか。

「命より金とまでは言いませんが、命をとったつもりが命をとられる状況だけは勘弁です」

 社長は当然、経済をとるのだろう。最終的には誰も助けてくれないことは小さな会社を切り盛りしてきた社長ならわかっている。ウーバー地蔵も高齢警備員も医療関係者も、その他エッセンシャルワーカーも選択の余地なく経済をとるしかないからコロナ真っ只中の吹きっさらしで働いている。菅総理が政策理念として掲げる「自助」そのままに。

●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。近刊『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)寄草。著書『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)など。

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