音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、師匠の立川談志に準じながらも、まったく異なる演出を創作した立川談笑の『富久』についてお届けする。
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立川談志の「暮れの大ネタ」と言えば晩年は『芝浜』のイメージが強かったが、昔はむしろ『富久』のほうが印象的だった。談志は幇間の久蔵に徹底的に感情移入してドラマティックに演じ、ハッピーエンドで大きなカタルシスをもたらした。
談志の『富久』は志ん生系の演出をベースにしていたが、談志の弟子である立川談笑は、地名や富くじの番号などは談志に準じながらも、まったく異なる演出の『富久』を創作した。時代設定は古典のままで新解釈を施した談笑の演目の中でも『富久』は改作の域を超えた普遍性を備えている。その『富久』を談笑は昨年12月の月例独演会で演じた。
大事な近江屋の旦那をしくじり、幇間で食べていけなくなった久蔵は、暮れにきて「大神宮様のお祓い」を詐称して小銭を稼いでいる。知人から千両富の札を買い、長屋の神棚に収めた夜、近江屋へ火事見舞いで駆けつけて出入りを許された。
だが、鎮火を祝って来客と酒を飲み、場を盛り上げようと調子に乗り過ぎて旦那を怒らせ、「やっぱり出入り止めだ!」と追い出されてしまう。ボロボロになって辿り着いた長屋は火事で全部焼けていた。隣人が言うには火事場泥棒が大八車で久蔵の家財道具を持ち去ったという。
「神主の真似事をしたからバチが当たったのか。きっと千両当たってるんだろ! 長屋ごと札が燃えて悔しがらせるんだろ!」と天に向かって怒鳴り、その足で富くじの会場に行くと、案の定千両当たっていた。
だが「火事で札が燃えたんならいいんだよ。売った側が証言するから」と意外な言葉。大喜びの久蔵だったが「盗まれたんならダメだけどね」と言われて愕然。「千両は札を持って来た人のものだから」「でも札を持って来る奴は泥棒ですよ!」「いや、善意の第三者の可能性もある。持参人払債権っていって……」