【著者インタビュー】藤澤志穂子氏
『釣りキチ三平の夢 矢口高雄外伝』世界文化社 1600円+税
名作とは、時代を軽々と超え、再発見の喜びを存分に湛えたものらしい。藤澤志穂子著『釣りキチ三平の夢 矢口高雄外伝』は、産経新聞秋田支局長時代、横手市増田まんが美術館に原画のほとんどを寄贈し、広く保存の必要性を訴える老漫画家の取組みを知った著者が、約5年に亘る取材成果をまとめた初の評伝。昨年秋、矢口は81歳で亡くなるが、代表作『釣りキチ三平』や、2017年に復刻された『マタギ』を始め、その作品は自然と人間、都市と地方といった普遍的かつ今日的なテーマを内包していたという。
それこそ80歳目前でツイッターを始め、〈僕はもう過去のマンガ家なんでしょうネ〉と漏らした矢口に、ある釣り好きらしき読者はこう返したという。〈過去、かもしれない。でも古くはない〉と。
生まれも育ちも東京で、日夜最新の情報と格闘してきた海外志望の元経済記者にとって、秋田支局長への転出は当初、「飛ばされたとしか思えなかった」とか。
「地方創生とは言うけれど、その真価や可能性には気付いていなかったんですね。それがいざ赴任してみると、食事は美味しいし暮らしやすいし、文化的にも発見が多くて、そのひとつが町中で見る三平君の姿でした。
秋田県雄勝郡西成瀬村、現在の横手市出身の先生は、長女をご病気で亡くされ、次女も嫁ぐ中、精魂込めた原画が浮世絵のように流出するのを恐れ、故郷の美術館でアーカイブス化に動いてらした。
私はその新しさに驚き、日本が世界に誇る財産の保存が個人に託され、高い相続税が課せられて散逸を加速させかねない現状を、財務省の税務担当にも話を聞いて記事にしたんですね。
その記事が霞が関で回覧されたり、約40年ぶりに復刻された『マタギ』をジビエ人気や獣害と絡めて紹介した時もその日に重版が決まったり、やはり先生は全然古くないというか、今に繋がる何かを持った方なんだろうと。私はその何かが知りたくて、自由が丘のご自宅にもしつこく押しかけてしまいました(苦笑)」