「そもそも侍は死が前提というか、殿様に自らの死を御受け下さいという覚悟で仕えている。実はスコットランドやイギリスでも忠臣蔵は支持されていて、騎士道とも通じるんでしょうね。その一度尽くすと決めたら何があろうと貫く信のあり方が、当時は町衆の間でも既に廃れかけていたんだろうし、自分たちの日常には滅多に起こらないからこそ、人は奇跡に恋い焦がれる。

 それを『太平記』の時代の大星由良之助と高師直に近松門左衛門が置き換えたおかげで忠臣蔵は今に残り、現に小説だけで230以上あるからね。だとすれば、その顛末を誰が何のために書かせ、残そうとしたのか、まあ読んでみて下さい」

 その反逆は政治や経済の思惑が絡んだ中で起きた。

「今だってよく暴動が起きないなって私は思うよ」

 声は形にしてこそ声なのだ。

【プロフィール】
伊集院静(いじゅういん・しずか)/1950年山口県生まれ。立教大学卒。1981年「皐月」で作家デビュー。1991年『乳房』で第12回吉川英治文学新人賞、1992年『受け月』で第107回直木賞、1994年『機関車先生』で第7回柴田錬三郎賞、2002年『ごろごろ』で第36回吉川英治文学賞、2014年『ノボさん 小説正岡子規と夏目漱石』で第18回司馬遼太郎賞。2016年紫綬褒章。『海峡』『春雷』『岬へ』の自伝的三部作や『羊の目』、『大人の流儀』シリーズ等著書多数。180cm、83kg、A型。

構成/橋本紀子 撮影/太田真三

※週刊ポスト2021年2月12日号

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