未曾有のコロナ禍にもかかわらず、リーダーシップに欠け、対策も後手後手に回っている日本政府だが、いま昭和を代表する政治家、中曽根康弘氏が首相だったら、このコロナ禍をどう乗り切っただろうか──。外交評論家の加瀬英明氏が、過去の歴史を振り返り、現状を打破するヒントを提言する。
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先進国のなかで、日本はワクチン接種が大きく遅れています。OECD加盟国37か国のなかで、接種が始まっていないのは日本を含む5か国のみ。これは日本政府の弱腰がなせる業でしょう。
もし中曽根さんが首相なら、レーガン大統領との「ロンヤス関係」に象徴される強固な日米同盟の関係を生かし、諸外国を出し抜いていち早く国民のためにワクチンを調達していたはずです。
中曽根首相は貿易赤字縮小や不沈空母発言などで「アメリカ追随」と批判を浴びました。しかし、首相特別顧問として間近で見ていた私からすれば、彼は日本にとっての必要性を勘案してアメリカに従っていた。核兵器を持たない日本はアメリカに頼らざるを得ないからです。
中曽根首相は、ただアメリカの言いなりになるのではなく、日本の存在感を示すことを考えていました。1983年のウィリアムズバーグサミットでの記念撮影では、レーガン大統領の隣のポジションを勝ち取り、「日本の国際的地位が上がった」という印象を世界に与えました。
コロナ禍の今、一国のリーダーである首相に求められているのは、中曽根首相が持っていたような強力なリーダーシップであり、「俺が、俺が」という気概です。
中曽根首相の発信力の高さは安倍首相や菅首相とは比べ物になりません。貿易赤字が日米の外交問題になっていた1985年には、会見場にパネルを持ち込み、グラフで貿易赤字の状況を示しながら説明しました。