現役最多のGI38勝(中央、地方、海外)を誇る角居勝彦調教師は、家業である天理教の仕事に就くためこの週末のレースを終えると引退、角居厩舎は解散となる。調教師生活20年、厩務員として栗東トレセンに来てから34年、北海道のグランド牧場で初めて馬に触れてから40年。角居師は自身のホースマン人生の集大成として『さらば愛しき競馬』を上梓した。角居師によるカウントダウンコラム(全13回)、今回がいよいよ最終回である。
* * *
突然ですが、ゼウスバローズという馬を覚えているでしょうか。ダービー馬ディープブリランテの全弟、デビュー2戦目で勝ち上がりましたが、屈腱炎のため3歳10月から1年以上休養、以後も常に再発の心配がありました。そんな馬が2017年春、角居厩舎に13週連続勝利という新記録をプレゼントしてくれました。東京競馬場の直線を、最後方から上がり33.0のタイムで13頭をゴボウ抜きにしたのです。
残念ながらその2か月後のレースを最後に引退しましたが、サンクスホースプロジェクト(現サンクスホースプラットホーム)のサポートによって乗馬馬としての訓練を重ね、那須トレーニングセンターで“乗馬デビュー”。そして昨年行なわれたRRC障害馬術競技(引退競走馬杯)の関東大会に優勝、全国大会でも3位に入賞し、合わせて80万円の賞金を獲得したのです。現役時代の勝利と同じぐらいうれしい出来事でした。
2017年4月に『競馬感性の法則』(小学館新書)という本を出させていただきました。本を出したい、と言われた時は、ファンにとって調教師の私が話すことなんか面白いのかな、と思っていました。競馬の読み物といえば、馬券の必勝法、あるいは名馬のドラマといったものがメインです。馬とどう接しているか、日常の厩舎作業はどうあるべきかなどというのは従業員にしか教えていなかったものです。
さらに、そのことを本に書いてしまうということは、追いかけてくる人に手の内を明かしてしまうということ。同じことをやっていると勝てなくなるので、今までやってきたことを白紙に戻し、新しいやり方を考えなければなりませんでした。まだまだ敵に塩を送るほどの余裕もないし、寛大でもない。本など出すべきではなかったかなとも思いました(笑)。
ありがたいことに多くの読者が読んでくれて増刷もしたとのこと。競馬をやらない知人からも「面白かった」「馬という動物を見る目が変わった」などと言われて驚いたものです。 若い調教師の先生や助手さんといった同業者から「勉強になった」「参考にさせていただく」と言われたのもうれしかった。