アメリカの経済対策やコロナ対策などをめぐっては、日本ではトランプ前大統領の名前を聞く機会が少しずつ減り、「バイデン大統領」を主語とする報道が増えてきた。しかし、「トランプ氏の政治への影響力は依然として大きく、特に共和党に対しては非常に強い力を持っている」と指摘するのは、『池上彰の世界の見方 アメリカ2』の著書があるジャーナリストの池上彰氏だ。池上氏が「トランプ氏の今後」について解説する。
* * *
今年1月6日のアメリカ・ワシントンで起こった大事件を覚えていますか? トランプ支持者が議会まで行進、一部が議会に乱入し、警備の警官が発砲。トランプ支持者4人が死亡し、警備の警官もひとり亡くなった悲惨な事件でした。その後、当日警備に当たった警察官2人が自殺しています。警察官にとってもショックだった出来事でした。
アメリカの大統領選挙は複雑です。11月の選挙で選ばれるのは大統領選挙人で、この人たちが投じた票が1月6日に連邦議会で開けられることになっていました。本来、形式的な開票作業が行われるだけのはずだったのですが、トランプ大統領(当時)が当日、ホワイトハウスの前に支持者を集め、「連邦議会に行進しよう」と呼びかけました。開票作業に圧力をかけようとしたのです。その結果として、あの暴挙が起こったのです。
トランプ大統領は翌7日夜になってようやく、乱入した暴徒たちを批判し、速やかな政権移行を約束しました。その後、1月20日の大統領就任式典には出席せず、フロリダに移動しました。最近ではトランプ前大統領よりも、バイデン大統領についての報道が多くなったため、トランプ前大統領への関心も低くなったように感じます。
さて、トランプ前大統領は「過去の人」になったのでしょうか?
トランプ弾劾決議に賛成した共和党議員に抗議が殺到
私はトランプ前大統領の政治への影響力は依然として大きく、特に共和党に対しては非常に強い力を持っていると考えています。
共和党の中にも「トランプはひどすぎる」と考える人たちがいたことはご存じでしょう。上記の議会乱入事件をめぐり、乱入を扇動したとしてトランプ大統領への弾劾訴追する決議案が議会にかけられました。下院では賛成多数で可決されましたが、このとき共和党からも決議に賛成した議員が10名いたのです。しかし彼らは、今、大変な目に遭っています。
例えばディック・チェイニー元副大統領の娘であるリズ・チェイニー下院議員は、下院のナンバー3の地位にある人物ですが、トランプ大統領の弾劾決議に賛成しました。そのため、この地位から退けという強い圧力にさらされました(2月3日、チェイニー議員の地位をはく奪しないことを下院共和党が可決)。
それだけではありません。この10名には、地元の選挙区で「次の選挙では応援しない」「政治資金を出さない」などといった意見や抗議が殺到。脅迫もあったようです。
こういった事態を見てしまうと、来年11月に改選を迎える上院議員はトランプのいうことを聞くようになります。
次の選挙が4年後であるとか、もう引退を決めている上院議員はトランプを批判することができるけれども、それ以外の議員は批判できないでしょう。「サルは木から落ちてもサルだが、代議士は選挙で落ちればただの人だ」という言葉があります。「だから選挙で落ちるわけにはいかないのだ」という、政治家の心理を表しています。大野伴睦という政治家(故人)の言葉だとされていますが、アメリカの政治家にも落選を恐れる心理はあるのです。まして生命の危険を感じれば、なおさら批判できなくなります。